三都物語2016




 1.5,000円分のJTB旅行券とスルッとKANSAI3dayチケット

現在は子会社に転籍しているが、今の会社の親会社にいた頃にはリフレッシュ休暇制度があり、
勤続20年で5日間の特別休暇と5万円分のJTB旅行券が支給された。
この制度を利用して2008年11月に北海道一周の旅を企画した。
紆余曲折あったが念願の寝台特急「北斗星」で往復する旅が楽しめた。
しかしこの時にはJTB旅行券を使うことはなく、
JR東日本のみどりの窓口でチケットを購入したのだった。
そのあと、主にスルッとKANSAI3dayチケットの購入などでJTB旅行券を使い、
気がつけば2016年正月の段階で残高は@1,000券×5枚=5,000円分しか残っていなかった。
そこで最後の5,000円分を使ってスルッとKANSAI3dayチケットを購入し、
関西旅行の計画を立てることにしたのだ。

スルッとKANSAI3dayチケットはその名の通り、
関西エリアでスルッとKANSAIに所属している主な私鉄、公営交通の電車やバスが3日間乗り放題になるというもの。
事前に近畿地方以外の旅行会社などでクーポン券を購入、
それを関西地方に行った時に主な交換駅でプリペイドカードと交換、それで自動改札を通過できるようになる。
価格は以前は5,000円だったが消費税8%に合わせて5,200円となった。
それでもJTB旅行券が5,000円分あるのでほとんど足が出ない。
いろいろと検討した結果、ゴールデンウィーク明けの次の週である5月13日金曜日に有休を取得、
13日金曜日から連続する3日間に予定を決行することにした。
4月21日木曜日に千葉県がんセンターを受診するため有休をもらっていたので、
病院の帰りに千葉駅に出て、JTBトラベルゲート千葉でスルッとKANSAI3dayチケットのクーポン券を購入する。



 ※画像はプライバシー保護のため一部加工してあります。

クーポン券の本体価格は5,200円だったが、手数料が別途1,080円かかってしまい、計1,280円の足が出てしまった。
それでも3日間で1,280円の実費負担ならこの旅はオイシイといえる。
最初の予定では13日金曜日にANAで関空に降りて和歌山地方と大阪市営地下鉄のみ乗車区間の完乗に挑戦し、
14日土曜日は神戸エリアの未乗車区間、15日日曜日は京都エリアの未乗車区間を乗り潰し、
新大阪から新幹線で帰る予定を組もうと思っていたのだが、
そのあといろいろと検討した結果、神戸で山陽本線和田岬支線や北条鉄道の取材も加えることとし、
機動力確保のため13日金曜日に神戸空港で降りて神戸エリアを廻り、
14日土曜日に阪急千里線の乗り潰しも加えて計画を練り直すこととした。
ANAの「旅割75」で羽田空港から神戸空港までのANA411便を予約、クレジット決済した。
またこの予定に合わせて関西旅行の定宿としているヴィアイン新大阪に連泊で予約を入れ、
さらに1ヶ月前を待って05:05JR津田沼駅南口発羽田空港第2ターミナルまでのエアポートリムジンも予約、
4月15日金曜日にJR幕張駅の指定席券売機で帰りの新幹線の指定席特急券と幕張までの乗車券を購入した。
また同じ日にJR西日本「電話予約サービス」で15日日曜日に予定している、
嵯峨野観光鉄道「嵯峨野3号」の10:07トロッコ嵯峨から終点のトロッコ亀岡までのチケットも予約した。
予約したチケットはクレジット決済によりJR西日本エリアのみどりの窓口で受取可能となる
予定通りに予約が出来て、後は当日を迎えるのみとなった。


 2.直前の予定変更と航空法の変更−旅の始まり

すべての予定が完成し、チケットも購入して後は出発を待つばかりとなったある日、
2016年4月1日に京福電気鉄道北野線に新しい電停が誕生した。
帷子ノ辻の隣の電停で徒歩圏内ではあるが、北野線全線開業90周年を記念して、
近くの東映京都撮影所が前身の阪東妻三郎プロダクションから数えても90周年記念であることから、
東映京都撮影所や東映太秦映画村の最寄り駅として「撮影所前」の電停名となった。
15日日曜日は予定では嵯峨野観光鉄道のトロッコを愉しんだ後、
馬堀から山陰本線に乗って二条まで行き、
京都市営地下鉄東西線に乗り換えて国際会館に行くことになっていたが、
急遽ここに京福電鉄北野線撮影所前電停の取材を組み込むことにして、
嵯峨野観光鉄道のあと、馬堀で乗った山陰本線を太秦で降りて徒歩移動で撮影所前まで行く。
距離としては240mで完全な徒歩圏である。
そのあと帷子ヶ辻まで行って嵐山本線で嵐電天神川に移動し、ここで京都市営東西線に乗ることにした。
帰りの新幹線の時間が決まっているので、そのあとの予定を切り詰めて何とか組み込んだ。
変更した予定が完成したのは出発直前だった。

ゴールデンウィーク明けの5月13日金曜日、
有給休暇を取得して2泊3日で関西旅行に出掛ける。
初電の04:40で津田沼に出て、空港リムジンバスで羽田空港第2ターミナルに行く。
平日で利用客が多かったため2台運用で、1台は京成津田沼駅に直行し、
JR津田沼駅南口から発車してバスは京成津田沼でもう一台と接続してから発車する。
早朝だったため渋滞に巻き込まれることもなく予定通りに羽田空港第2ターミナルに到着した。
そのまま保安検査場を通って67B搭乗口に向かおうと思ったが、
保安検査場で荷物が引っかかってしまう。
飛行機にはこれまで何度も乗ってきて引っかかったことはなかったのだが、
サミットが近いということもあって検査が強化されているのだろうか。
引っかかったのは小銭入れで、コインロッカーのために100円玉を大量に持ち込んだのが原因だった。
中味を見せて検査場の係員に納得して貰い、搭乗口に向かった。
保安検査場で戸惑ったために搭乗開始まで時間がなくなってしまい、
慌てて売店で空弁「黒毛和牛焼肉とチキン南蛮弁当」1,280円を購入、ベンチで喰う。
食べている途中で優先搭乗が始まってしまったが、何とか自分の番までに完食した。
乗り込んだANA411便は予定通り離陸した。
以前は離陸と着陸の時はすべての電子機器は使用できなかったのだが、
航空法が変更になったのか、電波を発しない電子機器は離陸と着陸の時も含めて使用可能になっていた。
窓側の席を取っていたので離陸の時にずっとコンパクトデジカメで動画を撮る。
離陸の途中で富士山がちらっと見えた。
神戸空港に着陸する瞬間もデジカメで写真を撮る。



飛行機を降りてポートアイランド線の乗り場に行き、
事前に購入していたクーポン券をスルッとKANSAI 3dayチケットに交換する。



ここから神戸新交通ポートアイランド線で三宮に向かう。
ポートアイランド線はゆりかもめと同じ新交通システムで運転手は乗っていない。
17分で三宮に到着したが、ホーとアイランド線の三宮駅は大混雑していた。
今日は平日のため、これから会社に向かう通勤客がほとんどだった。
前に三宮から神戸市営地下鉄海岸線の三宮・花時計前までの乗り換えで迷子になったため、
今回は最初から観光案内所で乗り換えの道を聞く。
おかげで今回は迷子になることもなく、神戸市営地下鉄海岸線の三宮・花時計前まで行くことが出来た。


 3.和田岬支線207系と予定変更の北条鉄道の完乗

神戸市営地下鉄海岸線は建設費削減のためにトンネルの断面積を小さくするため、
鉄輪式リニアモーター形式を採用し、車両も一回り小さいミニ地下鉄となっている。
始発駅の三宮・花時計前から9分で和田岬まで行く。
和田岬は地上にJR山陽本線和田岬支線の和田岬駅がある。
以前に神戸に来た時にここで下車して駅取材したことはあるが、
和田岬支線はまだ乗ったことはなく、JR山陽本線で唯一のみ乗車区間でもあった。
そこで今回は移動のためのシュートカットの意味合いも含めて、
この区間を今回のスルッとKANSAI3dayチケットとは別料金になるが、
Suicaで隣の兵庫まで移動することにした。
2010年7月に来た時はスカイブルーの103系が充当されていたのだが、
今回は207系になっていた。



これに乗ってとなりの兵庫まで移動する。
和田岬支線は中間駅がなく、そのため和田岬には改札も券売機もない。
その代わり、兵庫駅ではホームから直接外に出ることは出来ず、
兵庫駅の構内に入るためには中間改札を通らなければならない。
一駅区間のみの盲腸線にはこの方式を採用する鉄道会社も多く、
最近体験した路線では名古屋鉄道築港線の大江から東名古屋港の区間、
東武鉄道大師線の西新井から大師前の区間などがあった。
盲腸線の終点を有人駅や自動改札を設置して管理する手間を省くことが出来る。
JR兵庫駅では和田岬支線の中間改札で切符を購入、構内から外に出るのにこの切符を使った。
兵庫駅で南北の駅舎を取材してから徒歩移動で神戸高速・東西線の大開まで行く。
神戸高速鉄道は 神戸市内にターミナルを持つ4つの鉄道を接続させるために誕生した第三セクターで、
神戸市が40%出資し、阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道、神戸電鉄が40%出資して設立された。
もともとは出資比率を10.7%に揃えていたが、阪急と阪神が合併したため、
今では持ち分法適用で阪神阪急ホールディングスのグループ会社となった。
神戸高速鉄道は準大手私鉄に分類されるが、鉄道路線と駅のみを所有し、車両の所有や乗務員などはいない。
大開から隣の新開地に行き、ここで神戸高速・南北線から直通する神戸鉄道粟生行きに乗り込む。
新開地から神戸電鉄有馬線の起点である湊川、鈴蘭台から粟生線に乗り入れて終点の粟生に至る。
予定では以前粟生に来た時に昼食を取った駅に併設のレストランが、
「アオ メルカート」としてリニューアルされていたため、ここで昼食を喰うことにしていたのだが、
午後の予定である北条鉄道の気動車が停車していたため、
急遽予定を変更してフラワ2000形フラワ2000-1に乗り込む。
ここでは1日フリーきっぷを利用することにしていたため、
運転手に申し出たところ、コピーされた紙に手書きで日付と自動印が押されたものを渡された。



価格は820円で、本社機能のある終点の北条町駅の窓口に申し出れば硬券と交換してくれるとのこと。
片道22分かけてそのまま終点の北条町まで行く。
途中の法華口ではボランティア駅長の女性の撮影会が行われていた。
終点の北条町での折り返し時間は9分で、まずは窓口に行って1日フリーきっぷを硬券に交換して貰う。



硬券の裏面には今日の日付スタンプが押されていた。



残りの時間で駅取材をこなし、そのままフラワ2000形フラワ2000-1で粟生まで戻る。
北条鉄道の完乗を終えて粟生で下車して昼食を喰おうと思ったが、
ちょうど神戸電鉄粟生線のホームに5000系が停まっていたので思わずそのまま乗り込んでしまう。
昼食は鈴蘭台まで戻ってたから取ることにしたのだ。


 4.谷上駅の一期一会と神戸市営地下鉄の完乗

粟生駅で12:10発の急行に乗り込み、50分で粟生線起点の鈴蘭台まで戻り、
ここで下車して駅前で昼食を喰える場所を探すが、
駅自体が改修工事中で駅前が狭くて何処に店があるかも分からず、
そのまま予定していた谷上まで移動することにする。
谷上は既に駅取材したことはあるが、昼食を喰える場所を探すために外に出てみた。
しかし駅前には昼食を喰うような店は見つからず、そのまま西神中央まで行こうかと思った。
駅のコンコースに行ったところで気になる店を発見した。
それは「北神餃子」というコンコース内にある飲食店で、
ラーメン店と居酒屋が融合したような店だった。
オーダーは店の名前から北神焼き餃子定食600円を頼んだ。
女性の店主が一人で店を切り盛りしているようで、餃子が焼ける間にいろいろ話をした。
一人旅はこうした一期一会の出会いもその魅力だとその店主は云っていた。
遅い昼食を喰い、北神急行電鉄北神線で直通する神戸市営地下鉄・西神線に乗り入れ、
終点の西神中央まで行くことにする。
北神急行電鉄は谷上から新神戸のでの7.5kmを結ぶ北神線を運営する第2種鉄道事業者である。
新神戸から神戸市営地下鉄西神・山手線に乗り入れ、相互直通している。
1979年10月29日に神戸電鉄や阪急電鉄の出資で設立され、1988年4月2日に北神線が開業した。
その区間の大半が六甲山直下となる北神トンネルで構成されている。
債務超過の増加などから2002年4月1日に北神線の施設を神戸高速鉄道に売却、
北神線は神戸高速鉄道が第1種鉄道事業者、北神急行電鉄が第2種鉄道事業者となった。
2007年9月30日、神戸電鉄は不動産評価損発生などで経営支援を中断、
これによって2日前の9月28日に阪急電鉄より無利子融資を受け、
阪急阪神ホールディングスの持ち分法適用関連会社から連結子会社となった。
13:56の西神中央行きに乗り込み、終点の西神中央で駅取材する。



そのまま折り返しの電車で板宿まで行き、ここで山陽電鉄本線に乗り換え、
西代から神戸高速鉄道に乗り入れ、大開まで行く。
乗り込んだ車両は山陽電鉄まで乗り入れている阪神電鉄車だった。
大開で隣に停まっていた阪急電鉄に乗り換え、甲陽線の乗換駅である夙川まで行く。


 5.阪急甲陽線の完乗と阪神香櫨園駅への徒歩移動

阪急電鉄夙川駅は神戸本線と甲陽線との接続であるが、
神戸本線に対して甲陽線はほぼ垂直に接続しており、上りホームからは平行移動できる。
夙川で下車して甲陽線のホームに行くとそこに電車が停まっており、
駅取材は後回しにして甲陽線に乗り、終点の甲陽園駅まで行く。
もともと甲陽線は沿線の苦楽園や甲陽園といった観光地へのアクセス線として開業したが、
現在高級住宅地や高校への通勤、通学路線として存続している。
終点の甲陽園で駅取材してから折り返して夙川まで戻る。
夙川駅で北口を取材しようとして分かったのだが、
神戸本線と垂直に敷設されている甲陽線だが、神戸方に渡り線が敷設されていた。
そのため北口は改札をでたところにある階段の途中に踏切が設置されている。
しかしこの踏切は渡り線を回送列車が通過する時だけ使用されるため、
普段はほとんど閉まることはない。
北口から再び構内を抜けて南口に出てここでも駅取材する。
予定ではこのあと阪急で梅田まで戻り、
夕食を喰ってから大阪市営地下鉄御堂筋線で新大阪に行き、
ホテルにチェックインすることになっていた。
南口の駅前で駅舎を撮ろうといろいろな場所を選んでいた時、
偶然に駅付近の地図を目にして、徒歩圏内にJRさくら夙川駅、阪神本線香櫨園駅があることを知った。
そこで予定を変更して徒歩移動でこのふたつの駅を取材することにした。
阪急夙川駅とJR山陽本線さくら夙川駅、阪神本線香櫨園駅は夙川で繋がっている。



夙川は二級河川で河川敷は公園となっており、夙川公園となっている。
夙川河川敷には多くの桜が植えられており、並行する道は夙川さくら道と呼ばれている。
JRの駅名の“さくら夙川”はここから来ている。
JRさくら夙川駅は高架ホームで、ここを取材してから更に阪神本線香櫨園に向かう。
香櫨園ももともとは遊園地だったが、今は住宅街となっている。
ここで駅取材してから普通列車に乗り込み、隣の西宮で急行に乗り換えて梅田まで向かう。


 6.予定変更のチェックインと「くくる」のタコ焼き−一日目の終わり

予定では阪急神戸本線夙川から梅田に戻ることになっていたが、
ほぼ並行して走るJR山陽本線と阪神本線の駅取材を徒歩移動で行い、
阪神本線で梅田に戻ったため予定より時間が押してしまった。
本来は梅田に戻った時点でラーメン店での夕食を考えていたのだが、
ホテルに事前報告したチェックインの時間が過ぎてしまうことと、
阪神梅田駅を出たところが大阪市営地下鉄御堂筋線の改札だったことも重なって、
夕食は喰わずにそのまま御堂筋線で新大阪まで移動することにした。
このあと事前にネットで予約しておいたヴィアイン新大阪にチェックインするのだが、
その前にこの新大阪駅で大事な仕事が残っている。
それはJR西日本「電話予約サービス」で4月15日金曜日に予約した、
嵯峨野観光鉄道「嵯峨野3号」のトロッコ嵯峨からトロッコ亀岡までのチケットを、
JR西日本のみどりの窓口で受け取らなければならない。
電話した時にもオペレーターからも、
「新大阪にはJR東海とJR西日本のふたつのみどりの窓口があるので、
JR西日本の方のみどりの窓口に行ってください。」と云われた。
新大阪は東海道新幹線と山陽新幹線の接続駅だが、
建設の経緯から新大阪はJR東海の管理駅となっているのだ。
JR西日本のみどりの窓口を探して切符を受け取る。
既にクレジット決済しているため、予約番号をつげて乗車券と指定席券を受け取る。
そのあとヴィアイン新大阪に行き、チェックインする。
チェックイン手続きの時に気付いたのだが、メンバーズカードを持ってくるのを忘れてしまった。
このホテルグループでは会員登録するとメンバーズカードが発行され、
それがルームキーの代わりになるのだが、そのことをホテルに来るまで思い出さなかった。
フロントに事情を説明し、かわりのキーを貸して貰った。
部屋に入って荷物を置いてからカメラバッグだけを背負って再びホテルを出る。
新大阪駅付近で夕食を喰える場所を探し、「麺屋風迅」で和牛ホルモン煮込みラーメン980円を喰う。
そのあとPantry新大阪店でおつまみや明石の地ウイスキー「あかし」などを買い、
「くくる新大阪店」でたこ焼きなどを買ってホテルに戻って飲む。



タコ焼きは10個入りと12個入りがあり、10個入り750円を購入した。
ホテルにチェックインする前に近くのコンビニで一番搾り・神戸づくりも購入して飲んだ。



重い荷物を抱えながらずっと移動して疲労も蓄積していたため、
タコ焼きを喰い終わる頃には眠気が頂点に達していた。


 7.二日目の朝−モーニングと西中島南方での迷子−予定遅延の阪急千里線

疲労を抱えたままの睡眠だったが、6:00a.m.に起床し、
シャワーを浴びてから6:30a.m.を待って1階の食堂「はるか」に行き、
バイキング形式の無料朝食を喰う。



ミニパン5種、サラダ、ウインナー、バナナ、オレンジ、コーンスープ、爽健美茶、
更に食後にコーヒーを飲む。
部屋に戻ってから歯を磨き、カメラバッグだけを持って出掛ける。
今日は南海電鉄多奈川線の乗り潰し、泉北高速鉄道線を乗り潰してから、
大市営地下鉄のみ乗車区間を乗り潰すことになっている。
しかし南海電鉄に向かう前に阪急電鉄千里線を先に乗り潰してから南海本線に向かう。
そのため大阪市営地下鉄御堂筋線で難波まで行かず、
新大阪の隣の西中島南方で下車し、阪急電鉄京都線の南方に乗り換える。
ここで08:04発の千里線直通の北千里行きに乗り換え終点まで行く予定だった。
ここでの乗り換えは過去にも一度行っており、迷う筈はなかった。
しかし西中島南方で下車して記憶通りに阪急南方駅に行こうとしたが、
ここで目が点になってしまった。
記憶通りに行ったのだがそこに阪急南方駅は存在しなかった。
記憶が間違っているのか、それとも阪急京都線は廃線になってしまったのか…。
さすがにそれはないし、地下化されたという話も聞いたことがない。
冷静に考えて、高架ホームの出口が南北にあるのではないかと気付いた。
そこで高架下の駅舎を一周してみたら、やはり反対側にも出口があり、
近くに阪急京都線の線路も走っていた。
阪急京都線南方駅は相対式2面2線の地上駅で、
下り線は西中島南方駅の反対側にあり踏切を越えて行かなければならない。
南方駅に辿り着いたところで通過電車があり、踏切が閉まってしまった。
この段階で既に予定していた08:04は過ぎていて、
乗る予定だった電車は既に南方を出ており、仕方なしにその後の電車に乗り込んだ。
直通電車ではないため、淡路で千里線に乗り換えて終点の北千里まで行く。
この段階で予定より20分近く遅れてしまっている。
折り返し列車で堺筋線直通天下茶屋行きに乗り込み、日本橋まで行く。
日本橋で大阪市営地下鉄千日前線に乗り換え、難波まで行く。


 8.南海電鉄多奈川線完乗と「サザンプレミアム」の誘惑−普通電車の開放感

難波は南海電鉄南海線の起点駅であり、建築家久野節氏が設計した立派な駅舎が建っている。
しかし今回はその駅舎を鑑賞する間もなく、櫛形9面8線の高架ホームを目指して、
大阪市営地下鉄千日前線なんば駅から高架ホーム改札口まで一気に歩を進める。
千日前線なんば駅から南海電鉄難波駅までの乗り換え時間は21分を設定していた。
しかし大阪市営地下鉄御堂筋線西中島南方から阪急京都線南方への乗り換えで時間をロスしたため、
全体的に約20分の遅れが生じてしまっていた。
そこでこの乗り換え時間を使って少しでも遅れを取り戻すべく、
頑張って地下ホームから高架ホームまで駆け上がったのだ。
おかげで予定していた09:45難波発特急「サザン11号」にギリギリで間に合った。
特急「サザン」は和歌山方前4両が座席指定の有料特急車両となっており、
難波方4両はロングシートの自由席で運賃のみで利用できる。
特急でありながら有料指定席車両と無料自由席車両を連結する方式は、名古屋鉄道でも見られる。
勿論自由席に座って45分の旅でみさき公園まで行く。
南海本線みさき公園は多奈川線の起点駅でもあり、5番線が専用ホームで既に電車が停車していた。
みさき公園駅は島式2面4線のホームの3番線の一部を切り欠いて4番線を設置した2面5線で、
4番線は多奈川線専用となっているが、ほとんどの列車は5番線を使用する。
5番線は難波方は上り線に繋がっており、和歌山方も基本は多奈川線に繋がっているが、
シーサスクロッシングポイントで南海本線と多奈川線の両渡りが可能になっている。
4分の乗り換え時間で多奈川線に乗り換え、6分の乗車時間で終点の多奈川に到着する。



多奈川駅は近くに工場があり、通勤線の色合いもあるのだがどちらかというと駅前は閑散としている。
もともと多奈川線はこの付近にあった軍需工場への通勤路線として戦時中の1944年に開業した。
戦後はフェリーの発着場として利用されたが、フェリー路線が廃止になってからは利用客が減っている。
9分の折り返し時間で駅取材して再びみさき公園まで戻る。
予定では16分の待ち時間で11:12発の特急「サザン22号」で岸和田まで行くことになっていたが、
その前に11:06に普通列車が入線してきて、空いていたので思わず乗ってしまった。
みさき公園で待っていた時に下り線の特急「サザン」が12000系が停車した。
特急「サザン」で新型の12000系充当の列車には「サザンプレミアム」の相性が付けられる。
この車両の写真を撮りたいと思い、予定を変更したいという衝動に駆られた。
乗り込んだ普通列車は尾崎で特急「サザン22号」の接続待ちをしていて、
本来ならここで乗り換えるつもりだったが、普通列車の空き具合も快適だったため、
予定を変更して泉佐野まで行って駅取材し、ここで急行に乗り換えて岸和田まで行く。
ここで「サザンプレミアム」が折り返して上り列車になるのを待ち、車両取材した。
予定していた「唯我独尊」で自家製ソーセージカレー1,090円を喰ってから、
駅舎取材をして普通電車で羽衣まで行く。
南方で迷子になったための遅延を難波で解消したが、
ここで自ら予定を変更し、遅延させてしまった。
仕方がないので、時間が足りなくなったら大阪市営地下鉄の取材を一部断念するしかない。


 9.JR阪和線東羽衣支線の完乗と泉北高速鉄道線の完乗−「泉北ライナー」の誘惑

羽衣は以前JR東羽衣の駅取材も含めて一度訪問したことがあるが、
今回訪問した時は新駅舎が建設中だった。



南海電鉄南海本線から高野線に乗り換えるのだが、JR阪和線を使ってショートカットする。
南海本線と高野線との接続駅は岸里玉出だが、敢えてSuica使用の別料金を払って阪和線を利用した。
時間短縮の意味合いもあるが、一番の理由はJR阪和線東羽衣支線だった。
この区間が未乗車だったため、乗り潰しの意味合いもあって敢えて阪和線を利用した。
昨日乗車した山陽本線和田岬支線は103系から207系に変わっていたが、
阪和線東羽衣支線ではスカイブルーの塗色が施された103系が充当されていた。



和田岬は無人駅で改札もなかったが、東羽衣はちゃんと自動改札機も設置された有人駅だった。
相対式2面1線の高架ホームとなっており、降車専用、乗車専用に分かれている。
東羽衣支線は隣の鳳までの一区間のみで、阪和線の本線が島式2面4線となっており、
東羽衣支線の鳳駅は分岐した先にあり、天王寺方に線路が繋がっているが、
基本的には1区間を2両編成が往復しているようだ。
駅員に訊いて13:55発の快速でまで行き、ここで下車して駅取材する。
ここからは再びスルッとKANSAI3dayチケットを使用して南海電鉄高野線に入場、
泉北高速鉄道線直通の列車で終点の和泉中央まで行く。
駅取材をたっぷりしてここで折り返し列車に乗り換えるのだが、
ここで初めて和泉中央と難波を結ぶ「泉北ライナー」という設定があることを知った。
和泉中央をでると泉北高速鉄道線内の光明池、栂・美木多、泉ケ丘と停車し、
南海電鉄に入り高野線のすべての駅を飛ばして南海本線に入ってから、
大阪市営地下鉄堺筋線との接続駅である天下茶屋、
JR関西本線、大阪環状線との接続駅である新今宮に停車して難波に行く。
全席指定で特急料金は全区間均一で大人510円である。
これに乗って難波まで戻ろうかとも思ったが、始発駅でどの列車も座れるので、
「泉北ライナー」には乗らず、区間急行で難波まで戻ることにした。


 10.大阪市営地下鉄完乗の断念と「くくる」のタコ焼き−二日目の終わり

和泉中央で乗った区間急行で難波まで戻り、
ここからは大阪市営地下鉄のみ乗車区間に挑戦するが、
既に予定していた時間が押してしまったため、取り敢えずやれるところまでやることにする。
大阪市営地下鉄で未乗車区間は、

谷町線/東梅田−天満橋
千日前線/阿波座−桜川、なんば−南巽
長堀鶴見緑地線/大正−門真南(全区間)
今里筋線/太子橋今市−今里

で、御堂筋線、四つ橋線、中央線、堺筋線は既に完乗している。
まずは難波から千日前線に乗り換え起点駅の野田阪神まで行く。
野田阪神で改札を出てから再入場し、終点の南巽まで一気に行く。
これで千日前線の乗り潰しは完了したことになる。
南巽でいったん改札を出て、再び千日前線で今里まで戻る。
今里は今里筋線の起点駅であり、ここから太子橋今市まで行く。
太子橋今市から井高野までは既に乗車済みだったため、これで今里筋線も完乗したことになる。
ここから谷町線の取材に入るのだが、今里に到着した段階で5:00p.m.になっており、
谷町線の起点駅である大日で地上に出て大阪モノレールの駅舎取材をしたところで、
既に日は傾きかけており、この撮影を終えたところで大阪市営地下鉄の乗り潰しは断念、
予定では谷町線で谷町六丁目まで行き、東梅田から天満橋までの二駅間を乗り潰す。
ここから長堀鶴見緑地線を乗り潰して大阪市営地下鉄の乗り潰しを完乗することになっていた。
しかし谷町線では谷町六丁目まで行かず東梅田で下車して御堂筋線に乗り換えることにした。
谷町線の東梅田から天満橋までの二駅間と長堀鶴見緑地線の全区間は次回の宿題としよう。
谷町線東梅田から御堂筋線梅田まで移動する途中で、
「古潭・ホワイティ梅田店」を見つけ、海老天・ぎょうざセットのみそらーめん950円喰う。
この店は昨日行く予定で断念した店でもあり、ある意味リベンジも果たせた。
大阪市営地下鉄御堂筋線で新大阪に戻り、パントリーでつまみのチーズセットやトマトサラダ、
更に昨日と同じ「くくる新大阪店」でタコ焼き10個入りを購入し、コンビニで氷を買ってホテルに戻る。



昨日購入しておいた一番搾り・神戸づくりや明石の地ウイスキー「あかし」の残りを、
「くくる新大阪店」で買ったたこ焼きなどをつまみに飲む。



二日目も一日中歩き回り、疲労も蓄積していたため水割りを飲み終わる頃には眠気が強く、
そのまま倒れるように寝てしまった。


 11.三日目の朝−モーニングと嵐電嵯峨の右往左往

最終日の朝も薄曇りで雨の降る気配はなく、今回は雨に降られることはないようだ。
5:30a.m.に起床してシャワーを浴び、無料モーニングの時間を待つ。
ホテルの窓からは新大阪駅に出入りする東海道新幹線の車両が見える。



いわゆるトレインビューの部屋で、9階というロケーションも角度的にちょうどいい。
通過する新幹線を眺めながら6:30a.m.になるのを待って1階の「はるか」に降りる。
メニューはほとんど同じで、ミニパンだけが違っていた。



ミニパン6種、サラダ、ウインナー、バナナ、おいなり、コーンスープ、オレンジジュース、
食後にコーヒーを追加して少しまったりする。
部屋に戻って歯を磨いてからチェックアウトする。
借りていたキーは自動精算機にそのまま回収されていった。
予定より少し早めにホテルを出て、新大阪駅のコインロッカーに旅行用バッグを入れ、
カメラバッグだけを持って3日目のスルッとKANSAI3dayチケットの旅に出る。
大阪市営地下鉄御堂筋線の改札を入り、07:37新大阪始発の電車で梅田まで行く。
ここで阪急電鉄に乗り換え、07:55始発の京都本線の快速急行で大宮に行く。
阪急電鉄大宮駅から京福電鉄四条大宮駅に乗り換え、嵐電嵯峨に向かう。
しかし予定より早めに嵐電に乗り換えられたため、いったん終点の嵐山にまで行き、
駅取材してから折り返して嵐電嵯峨に行く。
四条大宮で乗った車両はモボ21形26号車だった。



嵐電嵯峨で少し車両取材してからトロッコ嵯峨駅に向かう。
ここで少し時間を使って取材しようかと思ったのだが、
以前にも「19世紀ホール」を訪問していたため時間をかける必要はなく、
10:07の嵯峨野観光鉄道「嵯峨野3号」の発車時間まで、
再び嵐電嵯峨まで戻って車両取材する。


 12.嵯峨野観光鉄道「嵯峨野3号」の旅と山陰本線の関係

嵐電嵯峨電停で十分に車両取材し、発車15分前になってトロッコ嵯峨駅に行く。
まだ列車は到着しておらず、5号車「ザ・リッチ号」の乗車希望者の列が出来ていた。
嵯峨野観光鉄道はJR西日本の完全子会社で、
新ルートに切り替えた山陰本線の旧線を利用して観光列車を運行している。
観光列車「嵯峨野」はトロッコ嵯峨方にディーゼル機関車を連結し、
5両の客車で運行されているのだが、1号車から4号車は普通の客車のに対し、
5号車は「ザ・リッチ号」と呼ばれる窓のない車両で、
1号車から4号車は事前にみどりの窓口で購入できるが、
窓のない5号車は雨天には使用できないため、当日にならないと購入できない。
そのための行列が出来ていたのだ。
乗車券、指定券は電話で予約してクレジット決済し、一昨日新大阪駅のみどりの窓口で受け取っている。



乗車券は全区間均一料金で620円となっており、別に指定券が必要になる。



座席は先頭の1号車でその一番後ろの14番D席だった。
トロッコ嵯峨には駅前に「君が代」に謳われている「さざれ石」といわれる石があった。



解説の石盤には以下のように書かれている。

    さざれ石

 この石、「君が代」に詠われている「さざれ石」です。
 この石が「君が代」の「さざれ石」だと言われているのは、
 嵯峨天皇が嵯峨院に御幸されたとき、嵯峨野の辺で休憩をとられました。
 そのとき、ひとりの侍従が付近の露岩をみて、
 「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」と
 古今和歌集に出てくる和歌を詠んで奉ったところ、
 天皇は甚く感動され、以降御幸のたびこの露岩を「さざれ石」と称して
 ご賞観あそばれたと言われています。
 この和歌ができた場所と石とは、この嵯峨に現存していて
 今でも地元の人から「さざれ石山」と呼ばれ親しまれています。

          梅原猛先生の「神と磐座」より

「嵯峨野3号」は10:17にトロッコ嵯峨を出発する。
ディーゼル機関車は後ろに連結されているため、1号車には推進運転手が乗車していいる。
また車掌がマイクで解説してくれるのだが、それが手慣れていて面白かった。
トロッコ嵐山はホームが短く、一部はトンネルの中に停車する。
そのため駅名表はトンネルの壁に設置されていた。
トロッコ保津峡では四天王の一人といわれる多聞天が乗り込んできた。
しかし怖い顔で子供が泣き出してしまったため、多聞天の仮面の上からアンパンマンのお面をつけていた。
トロッコ亀岡には10:30に到着する。
ここで下車した客の大半は連絡バスで保津峡の川下りに向かう。
一部の客は徒歩で山陰本線馬堀駅まで歩いていく。


 13.路面電車最新開業駅と昼食のお預け

山陰本線馬堀から上り方面の電車に乗り、太秦で下車する。
ここで駅取材してから京福電鉄北野線撮影所前まで移動した。
京福電鉄はその名の通り、京都と福井に鉄道路線を持つ会社だったが、
福井県の越前本線、三国芦原線は越前本線での二度に渡る正面衝突事故で廃止が決定、
第三セクターのえちぜん鉄道が引き継いで勝山永平寺線、三国芦原線として営業されている。
そのため京福電鉄は現在実際には福井に鉄道路線は所有しておらず、
名前と実情が合致していない鉄道会社となっている。
京都に所有していた叡山本線、鞍馬線は完全子会社の叡山電鉄に譲渡、
その後京阪電鉄が筆頭株主となり、現在では京阪のホールディングスの完全子会社となっている。
京福電鉄は現在嵐山本線、北野線の軌道路線のみを所有している。
この二つの路線は通称“嵐電”と呼ばれ、嵐山への観光路線として人気を得ている。
嵐山本線は四条大宮から嵐山までを結ぶが、
途中の帷子ノ辻から北野天満宮へのアクセス線として北野白梅町までを結ぶ北野線もあり、
この北野線に2016年4月1日、撮影所前電停が開業した。
日本で一番新しい電停は単線の線路を相対式ホームが囲む無人電停である。
帷子ノ辻から約300mの距離でここにあえて電停を造る意味があるのかは疑問だが、
それでも北野線開業90周年記念で東映京都撮影所の最寄り電停として開業したのだ。



今回はこの電停を取材したいために直前になって予定を変更したが、
その甲斐は十分あって撮影所前電停をしっかりと取材した。
予定では北野線で帷子ノ辻まで移動することになっていたが、
距離が近いのでそのまま徒歩で移動した。
予定では帷子ノ辻の「さがの食堂」で昼食を喰うことになっていてて、
事前にネットで調べた地図で現場まで行ってみて、そこで目が点になった。
店がない・・・。
厳密に云うと店のある場所は工事中で内装工事が行われていた。
仕方がないのでそのまま3つ先の嵐電天神川までいくことにした。
その前に帷子ノ辻で車両取材を十分にする。
嵐電天神川は2008年3月28日に開業した電停で、
撮影所前電停が開業するまでは嵐電で一番新しい電停だった。
嵐電天神川の電停近くには「アローズ」というカレー店があって、
ここに入ろうと思ったが、嵐電天神川に到着したのがちょうど正午だったこともあり、
この店は満席になっていて入り口には待ち客がひと組いた。
そのためここで無駄な時間を使ってあとの予定に影響するとを恐れ、
ここでの昼食は断念することにした。
帰りの新幹線の時間も決まっているため、最終日は予定を遅延したくないのだ。
ここで京都市営東西線太秦天神川駅に行き、烏丸線との乗換駅である烏丸御池に向かう。
ここで京都市営地下鉄の未乗車区間である烏丸線国際会館までの区間を行く。
国際会館駅の近くで昼食の喰える場所を探そうと思ったが、
駅の近くで見つけた「グリルじゅんさい」も昼食時間だったために待ち客であふれていた。


 14.葵祭の大混雑と京都からの脱出−新装開店の「浪花そば」

国際会館での昼食を諦め、そのまま京都市営地下鉄烏丸線で折り返し、
予定通り阪急京都線との乗換駅である四条まで戻る。
京都市営地下鉄四条と阪急京都線烏丸は地下で繋がっており、
地上に出ることなく直接乗り換えが出来る。
四条で降りて大混雑していたので驚いた。
一昨日、神戸電鉄谷上駅の「北神餃子」の店主から聞いていたのだが、
そう云えば今日、5月15日日曜日が葵祭の日であった。
四条駅の構内で配られていたチラシによると、
葵祭の行列は京都御所を出て下鴨神社を経由して上賀茂神社まで行く。
烏丸から河原町まで出て、ここで昼食を喰おうかと思ったが、
河原町でも地上に出て昼食を喰う場所を探そうと思ったが、
ここも大混雑でとても路面店で昼食を喰うのは不可能だと思った。
そこで再び河原町の駅に行き、そのまま阪急京都本線で梅田まで行くことにした。
ちょうど特急が入線してくるところだったので、それの折り返しに乗車する。
また葵祭の行列は下鴨神社にいる時間帯だったため、
大阪から京都に向かってくる乗客は大勢いたが、
まだ大阪に戻る客はそれほど多くなく、すぐに乗り込むことが出来た。
阪急梅田駅から地上に出てJR大阪駅まで移動する。
suicaでJR大阪駅に入場し、東海道本線で新大阪まで移動する。
新大阪構内で昼食を喰える場所を探し、「浪花そば」に入る。
ここは以前から新大阪駅在来線構内にある駅蕎麦だが、
新大阪駅の構内が改装されていて、それに合わせて「浪花そば」に新装開店していた。



ここでカレーうどん450円を喰う。



店内も綺麗になっていて、昔のガチャガチャしていた雰囲気はなくなっている。
これは新大阪に限ったことでなく、
駅構内の活性化で収益を計ろうとする鉄道会社の戦略なのかもしれない。
新大阪で遅い昼食を喰ってまだ時間があったので、予定通り隣の東淀川まで行く。


 15.東淀川の午後と柿の葉寿司の「のぞみ244号」−旅の終わり

東淀川は新大阪の一つ隣の駅で、新大阪から約700mの距離しかなくホームからも見える。
これはもともと大阪の隣は東淀川だったが、
東海道新幹線の終着駅として1964年に新大阪が開業した。
戦前の新幹線計画であった弾丸列車では東淀川に新大阪の駅を造ることになっていたが、
山陽新幹線の建設の都合も考えて、現在の位置に新大阪の駅が建設されたのである。
以前から新大阪駅の在来線に乗る旅にいつか東淀川を取材したいと思っていたが、
今回帰りの新幹線までまだ時間があったため、新大阪からそのまま東淀川まで向かう。
東淀川は沿線開発が進んだ新大阪から700mの距離しかないにもかかわらず、
この駅は住宅街の中にある駅といった様相で、日曜日と云うこともあって閑散としてしていた。
島式2面4線の地上ホームで、地下通路で東口、西口と繋がっており、
まずは東口で出て駅舎取材してから踏切を渡り、西口も取材する。
1940年4月1日に弾丸列車の新大阪駅として、在来線に先行開業した駅であり、
島式ホームの内側が乗り場となっており、外側の1番線、4番線は通過列車のみである。
これですべての予定は終わり、再び新大阪まで戻って新幹線で帰るだけだが、
まだ時間があるので大阪市営地下鉄御堂筋線東三国まで行く。
ここで大阪市営地下鉄御堂筋線で隣の新大阪まで戻る。
これで今回購入したスルッとKANSAI3dayチケットの使用も最後となった。
新大阪駅で下車してお土産を買い、コインロッカーで荷物を取り出す。
ここで事前に購入していた大阪市内から幕張までの乗車券で在来線に入場する。



待合室で時間を潰し、新幹線発車時間16:50の10分前に新幹線の改札をくぐり、
駅構内の売店で柿の葉寿司8個入り960円や缶ビールなど買い、「のぞみ244号」東京行きに乗る。



2時間23分の乗車時間で東京に到着する。
東京駅に近づく車窓から、在来線田町駅の山手線で新型車両E235系を目撃する。
実物を見かけたのは初めてである。
2020年までに山手線はE235系に置き換えられ、
現在のE231系500番台は中央・総武緩行線に移転されることになる。
東京駅で新幹線を降りて横須賀線・総武緩行線の地下ホームまで行き、
総武快速線のグリーン車で津田沼まで帰る。
日曜日ということもあって車端部は満席で、2階席に座った。
津田沼駅まで戻ったところで小腹が空いたため、
夕食として「いろり庵きらく」でかき揚げうどん420円喰う。
今日は昼食も夕食もうどんになってしまった。





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