飯山線、北上線、釜石線の完乗−三連休東日本・函館パスの旅



 1.JR東日本未乗車区間と切り離された飯山線の旅

三連休東日本・函館パスの旅はその名の通り、
JR東日本全線とJR北海道函館エリアの普通車が、
三連休の時に乗り放題となる企画切符で、
土曜、日曜と祭日が重なって三連休が成立した時に発売される。
2020年9月には21日月曜敬老の日、22日火曜秋分の日があり、
土曜、日曜と連続して4連休になる。
土曜日は出社日なので20日日曜から3連休で、
どこか行きたいなと思っていた。

JR東日本の未乗車区間は、

 奥羽本線/福島−米沢(山形新幹線として乗車済み)
 飯山線/飯山−越後川口
 大船渡線/一ノ関−盛(気仙沼−盛間はBLT化)
 北上線/ほっとゆだ−横手
 釜石線/花巻−釜石
 気仙沼線/前谷地−気仙沼(柳津−気仙沼間はBRT化)
 田沢湖線/大曲−角館(秋田新幹線としては完乗済み)
 只見線/西若松−小出(会津川口−只見は運休中)

で、この中で乗り潰しを企画しようかなと思った。

この中で、飯山線の乗り潰しは以前に企画していた。
それは「週末パス」を使った0泊2日の旅だった。
週末パスはJR東日本管区の主に南側半分の区域が、
土曜、日曜2日間乗り放題になるというもので、
これを使って土曜、日曜の2日間に日帰りの旅を連続で行う企画で、
土曜日は八高線の乗り潰しに挑戦、
北陸新幹線で高崎まで行き、
未乗車だった東武伊勢崎線の伊勢崎から太田の区間を乗り潰し、
昼食後に八高線を高麗川乗り換えで八王子まで戻る。
八高線は高麗川で電化区間と非電化区間に分かれる。
日曜日は飯山線の乗り潰しに挑戦、
上越新幹線で長岡まで行き、昼食後に上越線で越後川口、
飯山線を戸狩野沢温泉乗り換えで飯山まで乗り潰し、
飯山から北陸新幹線で帰京する。
しかし去年夏季の青春18きっぷの旅で、
姫路からの3つの旅が家庭の事情で突然中止になり、
その代替で日帰りの旅を2回決行したが、
そのうちひとつに八高線の乗り潰しを流用してしまった。
新幹線利用の代わりに高崎線を使用して移動して対応した。
そのため飯山線乗り潰しの計画が宙に浮いてしまった。


 2.釜石線乗り潰しとSL銀河の旅の企画

釜石線の乗り潰しも以前から企画していた。
それは釜石線の観光列車「SL銀河」を使った旅だ。

SL銀河は盛岡車両センター所属の蒸気機関車C58形239号機が、
キハ141系700番台4両を牽引するもので、
客車はJR北海道所属から購入した気動車が改造して使用される。
キハ141系は余剰の50系客車から改造したもので、
車内が客車調に改造しやすいというメリットもある。
C58形は3輪のスピード重視の蒸気機関車で、
その分D51形などと比べるとパワーは劣る。
そこでそれをカバーするため、客車自身が自走することで、
釜石線の勾配区間に対応しようとしたものだ。

土曜日に北陸新幹線で北上まで行き、東北本線に乗り換え花巻に行く。
ここで10:37花巻発の「SL銀河」で釜石線の完乗に挑戦する。
観光列車であるため、宮守、遠野、陸中大橋で停車するため、
ここで駅取材が出来るのもいい。
釜石から三陸鉄道南リアス線(現・リアス線)で盛、
大船渡線(現・大船渡線BRT)で大船渡まで行き宿泊、
翌日日曜日には大船渡から大船渡線(現・大船渡線BRT)で気仙沼、
気仙沼から大船渡線で一ノ関に出て東北新幹線で帰京する。

しかしこの企画を実行する前、2016年の三連休東日本・函館パスの旅で、
青森駅で「青森・函館デスティネーションキャンペーン」に合わせ、
臨時列車「SL銀河青函DC号」としてSL銀河を目撃、これを取材した。



 ※撮影日時 2016/09/17 11:48:33

そのため車両取材の必要性がなくなり、
この旅では釜石線の乗り潰しのみが目標になってしまった。
あまり食指が伸びない企画となってしまい、これも宙に浮いていた。


 3.飯山線「おいこっと」の利用とその他の乗り潰し予定の作成

企画が宙に浮いた飯山線と釜石線の企画を中心に、
2泊3日で未乗車区間の乗り潰しの計画を立てた。
飯山線の乗り潰しは豊野側から越後川口へ乗り潰していった場合、
なかなかダイヤが合わずに計画が組めない。
そこで先に新幹線で長岡まで行き、戻る方法で企画してみた。
そんな中、ネットでいろいろ調べていくと、
飯山線には観光列車があることを知った。
それが「おいこっと」である。

飯山線観光列車「おいこっと」は、
長野総合車両センター所属のキハ110形改造の観光列車で、
北上線「秋田リレー号」に充当されていた、
南秋田運転所所属のキハ110形3000番台が、
運用離脱とともに長野に転籍され、
200番台に改番、観光列車「ふるさと」に改造、
飯山線で充当されていたが、2014年7月に再改造、
愛称名「おいこっと」として再び飯山線で運用されることになった。
因みに愛称名の「おいこっと」とは、
東京のローマ字表示「TOKYO」を逆読みして「OYKOT」とした。
都会とは真逆の飯山線沿線の意で、
JR東日本長野支社のホームページには、
「日本人のこころのふる里を代表するローカル線」の飯山線を走る列車として、
安らぎや癒やしを提供することをコンセプトとしているとのこと。
運行区間は長野から十日町で、土日祝日などに1日1往復している。

往路は09:17長野発11:50十日町着、復路は15:12十日町発18:07長野着で、
このダイヤなら往路で予定が組めそうである。
1日目に長野まで新幹線で移動し、往路の「おいこっと」に乗る。
しかし残った奥羽本線、大船渡線、北上線、釜石線、気仙沼線、田沢湖線は、
何れも東北新幹線からの乗り換えが基本になる。
そこで当日移動で東北本線まで移動する必要があり、
長岡から上越新幹線で大宮、東北新幹線に乗り換えての移動が必要になる。

残った区間をいろいろと検討した結果、
2日目は北上線、田沢湖線の乗り潰しをして、
3日目に釜石線の乗り潰しをして、未取材だった新花巻から帰京する。
そのあと考えて新幹線で大宮から山形新幹線に乗れば、
米沢まで短時間で移動できるため、奥羽本線の福島から米沢も乗り潰し出来る。


 4.三連休の旅−予定の最終決定

いろいろ検討した結果、最終的に以下の予定が決定した。

 9月20日日曜日

07:20東京始発の北陸新幹線「かがやき503号」で長野に行く。
長野到着は08:43で、34分の乗り換え時間で、
飯山線観光列車の快速「おいこっと」で2時間33分掛けて十日町まで行く。
観光列車のため、途中駅で多めの停車時間もあり、
飯山には15分、森宮野原には13分停車する。
特に飯山は在来線時代には駅舎取材を完了しているが、
北陸新幹線の駅が出来てからは未取材だったため、
この時間を有効に使って駅取材する。
十日町では45分の乗り換え時間で、さらに飯山線で越後川口まで行く。
6分の乗り換えで上越線で長岡に出る。
長岡では1時間11分の乗り換え時間を取り、この時間に昼食を喰う。
14:42長岡発の上越新幹線「とき326号」で1時間20分で大宮まで戻り、
20分の乗り換えで山形新幹線「つばさ145号」で1時間42分掛けて米沢まで行く。
ここから奥羽本線で福島まで戻り、夕食後にアパホテル福島駅前にチェックインする。

 9月21日月曜日

ホテルは朝食なしで予約、チェックアウト後に駅弁購入、
07:39福島発の東北新幹線「やまびこ51号」で1時間16分、北上に行く。
ここでの乗り換え時間はダイヤの都合で1時間8分となる。
10:03北上始発の北上線で終着の横手まで行き、
ここで1時間41分の乗り換え時間を設定、横手で昼食を喰う。
ここから大曲に移動するのだが、乗り放題切符のために途中下車もやり放題、
そこで飯詰、後三年で途中下車して駅取材する。
大曲から田沢湖線で2時間1分掛けて盛岡まで行く。
夕食後にホテルルートイン盛岡駅前にチェックインする。

 9月22日火曜日

朝食はホテル無料バイキングで済ませてチェックアウト、
08:42盛岡始発の快速「はまゆり1号」で2時間8分で釜石まで行く。
釜石での乗り換え時間は1時間22分を想定していて、ここで昼食を喰う。
12:12釜石始発の釜石線普通列車で花巻まで戻って駅取材、
30分の乗り換えで再び花巻始発の釜石線で新花巻まで行く。
31分の乗り換え時間で駅取材して、
15:19新花巻発の東北新幹線「やまびこ62号」で3時間5分で東京に戻る。


 5.ホテルの予約と切符の購入−海浜幕張の攻防

予定が決定したため、まずはホテル予約をする。
6月29日月曜日にアパホテルのホームページにアクセスし、
9月20日日曜日から1泊シングル、禁煙を素泊まりで予約、
料金は諸税、サービス料込みで3,570円である。
素泊まりとは云え、驚異的な安さである。
さすがは業界のリーディングカンパニーといわれるアパグループである。
この時期、ホテル行は不振が続いており、
それを払拭するために低価格で需要喚起を狙っているのだろう。
このあとルートインホテルズのホームページにアクセスし、
9月21日月曜日から禁煙シングルを、
Net DE 早割60日前プランで予約、価格は10,000円である。
アパホテルと比べると3倍近い価格である。

9月20日日曜日の1ヶ月前、8月20日木曜日は、
用事があって出社前に出掛けたが、海浜幕張まで戻ってバスで帰宅した。
その海浜幕張のみどりの窓口で、新幹線と「おいこっと」の切符を購入する。
9月20日日曜日は、

 07:20東京※−北陸新幹線「かがやき503号」(83/1:23)−08:43長野
 09:17長野※−飯山線「おいこっと」(153/2:33)−11:50十日町
 14:42長岡−上越新幹線「とき326号」(80/1:20)−16:02大宮
 16:26大宮−山形新幹線「つばさ145号」(102/1:42)−18:08米沢

の4つの指定席特急券、指定席券を購入する。
「かがやき503号」、「とき326号」、「つばさ145号」は、
3本とも1時間半前後の乗車時間なので、普通席で予約する。
問題は「おいこっと」で、種車がキハ110系であり、
座席も4人掛け固定シート、2人掛け固定シート、ロングシートとなっている。
快速とは云え、観光列車でロングシートとは・・・。
そこで2人掛け固定シートの進行方向側を予約したかった。
しかしみどりの窓口に置いてある予約用の端末“マルス”では、
座席の番号は確認できるものの、一覧表になっていてシートアレンジまでは分からない。
窓口担当者の職員もそこまではよく分かっていないようで、
2人掛けには対面固定シートとロングシートがあることを云ったが、
マルスでは確認できないというので、
JR東日本長野支社のホームページに座席の詳細が載っていることを説明し、
窓口の中にあるタブレットで確認して貰い、
進行方向の2人掛けであることを確認して指定席券を購入した。
担当者だけでなく、通りかかった同僚なども協力して、
漸く指定席券を購入することが出来た。

この次の日からは青春18きっぷを利用し、
因美線、赤穂線の旅に出ていたため、JR東日本のみどりの窓口には行けない。
戻った翌日、23日日曜日にJR幕張駅の指定席券売機で、
9月21日月曜日の、

 07:39福島−東北新幹線「やまびこ51号」(76/1:16)−08:55北上

と、9月22日火曜日の、

 15:19新花巻−東北新幹線「やまびこ62号」(185/3:05)−18:24東京

の指定席新幹線特急券と三連休東日本・函館パス14,730円を購入した。
「やまびこ51号」は乗車時間が1時間16分のため普通席にしたが、
「やまびこ62号」は3時間5分と長いために、
奮発したグランクラスを予約した。
3日間の旅の最後なので、グランクラスでゆったりと帰ってきたい。
これで全ての準備が完了、あとは当日を待つだけとなった。


 6.3日前と前日の天気予報−一眼レフ選択の迷走

出発の3日前、17日木曜日の夜に、
日本気象協会のホームページにアクセスし、
今回の旅で訪問する地域の天気予報を調べてみた。

  9月20日日曜日

 千葉市/6:00a.m. 曇り/降水確率30%
 長野市/9:00a.m. 曇り/降水確率不明
 十日町市/0:00p.m. 小雨/降水確率不明
 長岡市/2:00p.m. 曇り/降水確率不明
 福島市/7:00p.m. 弱雨/降水確率50%

  9月21日月曜日敬老の日

 福島市/6:00a.m.〜0:00p.m. 曇り/降水確率30%
 横手市/0:00p.m.〜6:00p.m. 雨のち晴/降水確率70%
 盛岡市/0:00p.m.〜6:00p.m. 雨/降水確率70%    

  9月22日火曜日秋分の日

 盛岡市/6:00a.m.〜0:00p.m. 曇/降水確率50%
 釜石市/0:00p.m.〜6:00p.m. 晴/降水確率30%  

完全に雨ではないけれど、降水確率からいうと雨に降られる確率は高く、
これでは十分な撮影取材は出来ないと判断、
最新の一眼レフCanon EOS90Dではなく、雨濡れも想定して、
今まで使っていた現在は予備機扱いのCanon EOS7Dを使用することにしよう。

しかし前日の9月19日土曜日、出社前に再度調べてみると、

  9月20日日曜日

 千葉市/6:00a.m. 曇り/降水確率40%
 長野市/9:00a.m. 曇り/降水確率10%
 十日町市/0:00p.m. 曇り/降水確率10%
 長岡市/2:00p.m. 晴れ/降水確率10%
 福島市/7:00p.m. 曇り/降水確率10%

  9月21日月曜日敬老の日

 福島市/7:00a.m. 曇り/降水確率20%
 横手市/11:00a.m. 晴れ/降水確率20%
 盛岡市/5:00p.m. 晴れ/降水確率20%    

  9月22日火曜日秋分の日

 盛岡市/6:00a.m.〜0:00p.m. 晴れ/降水確率10%
 釜石市/0:00p.m.〜6:00p.m. 晴のち曇り/降水確率30%  

であり、出発当日は7:00a.m.から雨で小雨のリスクもあるが、
家から駅まで行ければあとは「おいこっと」に乗り込むまで、
全て屋根の下での移動なので雨の心配はない。
降水確率も釜石市で30%になっているが、
あとは20%以下で意外といい天気になっている。
勿論天気予報なので外れることもあるが、
これなら最新機Canon EOS90Dを持ち出してもいいだろう。


 7.千葉のE217系と長野新幹線−旅の始まり

9月20日日曜日、当日も曇りで日差しはなかったが、
差し当たり雨の心配はなさそうだ。
普段は06:00東京発の新幹線に乗ることが多いが、
今日は東京発が07:20のため、千葉から快速に乗ることにした。
三連休東日本・函館パスで幕張駅を入場する。



06:01幕張発の総武緩行線千葉行で終点の千葉まで行く。
千葉には10分で到着、改札は出ずに始発の総武快速線東京行に乗り換える。
乗り換え時間の11分総武快速線の車両取材をする。



総武快速線は直通する横須賀線とともに、
横浜支社鎌倉車両センター所属のE217系が充当されている。
E217系は1994年8月に量産先行車が登場、
翌年11月より量産車が投入され、1999年11月までに、
基本編成11両編成×51本=561両、
付属編成4両編成×46本=184両の計745両が製造された。
E217系は通勤形直流電車209系をベースにした近郊型車両で、
JR東日本が国鉄分割民営化以降、初めて投入した近郊型車両である。
しかしその後車両の開発方法が見直され、
通勤形と近郊型の利用法に投入可能な汎用性のある、
一般型車両が開発されることとなり、
E231系、E233系、E235系と歴史を重ねている。
そのためE217系はJR東日本の唯一の長編成近郊型として、
横須賀線・総武快速線と直通する房総地区のみで活躍する孤高の存在となった。
しかし経年劣化から2020年度より順次置き換え予定となっている。
前回が全て置き換えるのに5年を要しているので、
今ずくにE217系が見られなくなることはないと思うが、
今から取材しておくに越したことはない。

06:22千葉始発の総武快速線東京行で東京まで行く。
乗車時間は38分で、東京到着はちょうど07:00である。
今回は青春18きっぷの旅の時見たいに新幹線切符で再入場の必要もない。
地下の横須賀線・総武緩行線ホームから地上に上がり、
そのまま東北・上越・北陸新幹線ホームに入場する。



ここから北陸新幹線「かがやき503号」に乗り込む。
北陸新幹線は1997年10月1日に、
高崎から長野までの区間が部分開業、
この時はまだ北陸まで至っていないことから、
“長野新幹線”の愛称が一般的だった。
2015年3月14日に金沢まで延伸され、W7系が投入された。
JR東日本所属のE7系は1年前から投入されていた。



今回乗り込んだ車両はJR西日本所属のW7系だった。
乗車時間は1時間23分とそれほど長くないため、
普通車の4号車10番E席を予約した。
車内はほぼ満席に近い状態だった。
売店で駅弁「紅葉ごよみ」1,100円とお茶を購入し、
車内で朝食として喰い、長野を目指した。


 8.長野の乗り換えと「おいこっと」

東京駅を07:20に出た「かがやき503号」は、
1時間23分で長野に到着する。
長野での乗り換え時間は34分で、
中途半端な時間なので外には出ずに、
新幹線改札口からそのまま在来線ホームに降りる。



ここから飯山線の乗り潰しに挑戦するが、
十日町までは観光列車「おいこっと」を使用する。
まだ列車は到着しておらず、
ホームでキハ110系などの車両取材などする。
隣のホームのしなの鉄道にSR1系が入線してきた。



更にホームで待っていると漸く「おいこっと」が入線してくる。
飯山線観光列車「おいこっと」は、
長野からしなの鉄道北しなの線を豊野まで行き、
ここから飯山線に入って十日町まで行く。



観光列車であるがグレードは普通車で、
扱いは“快速”であるため、特急料金などはかからず、
座席指定のための指定席券と運賃のみで乗ることが出来る。
長野を09:17に出て、2時間33分で十日町に到着する。
途中、飯山には15分、森宮野原には13分停車する。
この時間を使って駅取材を決行する予定である。


 9.キハ110系の観光列車「おいこっと」

観光列車「おいこっと」は車内アナウンスでも紹介されていたが、
東京とは真逆の田園風景を走る観光列車と云うことで、
東京のローマ字表記“TOKYO”を逆にして、
“OYKOT”「おいこっと」とした。
車内のデザインコンセプトも、
子供の頃に行ったおばあちゃんちをイメージしており、
和風の落ち着いたものとなっている。

種車のキハ110系のアコモを一部残していて、
2人掛けはこんな感じ。



4人掛けはこんな感じ。



しかもロングシート部分も残っていて、
そこも指定席に改造されている。



テーブルも着いているが、これで指定席券を払うのはどうかな・・・と思う。
天井には山手線にも着いているモニターがあり、
沿線情報などが放映されている。



基本的には2両編成だが、利用状況によっては1両でも運用される。
種車はキハ110形300番台で両運転台であり、
1両での運用も可能になっている。
そのため連結部には貫通扉が格納されている。



そこには単行時のためのヘッドマークも確認できる。
種車が通勤需要にも対応する一般車のため、
普通の網棚もそのまま残っている。



勿論、荷物の多い旅行客にとってはその方が有り難い。


 10.観光列車「おいこっと」の旅

長野駅を09:17に出た「おいこっと」は、
しなの鉄道北しなの線を豊野まで行く。
厳密に云えばこの区間はJR線ではないので、
運賃は線路所有者に払われるべきで、
青春18きっぷなどでは特例を除いて別料金が発生する。
有名なところでは伊勢鉄道を通過する快速「みえ」などでは、
青春18きっぷでは基本的に乗車することは出来ず、
快速「みえ」では検札時にこの区間の運賃が徴収される。
「三連休東日本・函館パス」にはJR東日本全線、
JR北海道函館エリアのほか、青い森鉄道全線、
IGRいわて銀河鉄道全線、北越急行ほくほく線全線、
伊豆急行全線、三陸鉄道全線、道南いさりび鉄道線全線、
えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン、
直江津から新井までの区間となっており、
しなの鉄道北しなの線は表記されていない。
海浜幕張駅のみどりの窓口で、
「三連休東日本・函館パス」を購入した時に、
この区間の切符を購入しようと申し出たが、
窓口の職員から必要ないと云われた。
検札の時に別料金を請求されるかなと思っていたが、
結局取り越し苦労で普通に乗車できた。
特例的にこの区間は乗れるのかもしれない。
乗車して直ぐに着物姿のおいこっとあてんだんとから、
野沢菜漬と車内販売のメニューが配られる。



野沢菜漬をつまみに日本酒などが飲みたくなる。
おもてなしとして配っているが、
車内販売の売り上げ促進の意味合いもあるのだろう。
車内ナレーションは「まんが日本むかしばなし」などで有名な、
沿線出身の故・常田富士男さんが担当している。

豊野から飯山線に入り、09:57に飯山駅に到着する。
乗り換え時間は15分であり、この時間に駅取材を強行する。



飯山駅は以前にも取材済みだが、
上越新幹線開業に併せて新幹線ホームを有する新駅舎になった。



 ※参考:北陸新幹線開業前の飯山駅
 ※撮影日時 2007/04/22 13:25:36

戻ると駅員からハイチュウとウエットティッシュが配られた。



そこには、会話を控えめに手などを清潔にという意味合いが込められていた。
10:12に飯山を出て、約50分後の11:01に森宮野原に到着する。



停車時間は13分で、ここでも駅取材を強行する。
11:14に森宮野原を出て、約45分掛けて終点の十日市まで行く。


 11.十日町と越後川口の乗り換え

観光列車「おいこっと」は11:50に十日町に到着する。
十日町駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する駅で、
駅舎と隣接している単式ホームの1番線は上りが使用、
2番線は十日町折り返しの始発列車が使用、
3番線は下り列車が使用する。
観光列車「おいこっと」は1番線を発着する。
画像は東口でJR東日本が管理している。
十日町は北越急行ほくほく線も接続し、
島式1面2線の高架ホームを有する。
JRとは連番にならず、11番線がほくほく線下り、
12番線がほくほく線上りが使用する。
西口は北越急行が管理している。
会社によって管理する駅舎が分かれているが、
相互に業務委託しており、両社の切符でどちら側の改札も使用できる。

JR側で改札を出て駅舎取材、地下の東西自由通路で西側に出て、
北越急行側の駅舎も取材して再入場する。
ホームにはまだ「おいこっと」が停車していた。



このあと12:35十日町始発の飯山線で終点の越後川口まで行く。
飯山線は非電化のため、ここからもキハ110系が充当されている。



越後川口での乗り換え時間は6分で、この時間で駅舎取材を強行する。
越後川口駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する上越線、飯山線の駅である。
1番線は飯山線折り返し列車及び上越線下り、
2番線は上越線下り、3番線は上越線上りが使用する。
上越線は高崎から新前橋の区間は日本鉄道が敷設した区間で、
両毛線として1884年8月20日に開業、
日本鉄道は1906年11月1日に国有化、
1909年10月12日の線路名称により両毛線となる。
新前橋から水上はの区間は上越南線として開業、
宮内から越後湯沢の区間は上越北線として開業、
1931年9月1日に難関だった清水トンネルが開通、
上越南線が上越北線を編入、高崎から新前橋を両毛線と重複して全通した。
越後川口に駅が出来たのは1921年8月5日で、
上越北線が東小千谷から越後川口まで延伸した時に終着駅として開業した。
1927年6月15日に十日町線が部分開業、
十日町線は戦時中の1944年6月1日に、
国有化された飯山鉄道と併せて飯山線となった。

ここからは上越線E129系で長岡まで出る。



13:08越後川口を出て、23分で長岡に到着する。


 12.2つの新幹線移動と大宮の乗り換え

長岡に到着は13:31で、ここでの乗り換え時間は1時間11分。
この時間を利用して事前に調べておいた、
昼食として「越後長岡小嶋屋CoCoLo長岡店」で、
タレかつ丼セット1,705円を喰う。
少し時間が余ったので駅舎を取材する。
この駅も取材済みだが、2002年2月だったので、
一部リニューアルされている可能性もある。
駅取材後に新幹線改札口に入場する。




ここから14:42長岡発の上越新幹線「とき326号」で大宮まで行く。
充当されていたのはE2系だった。



大宮での乗り換え時間は20分で、予定にはなかったが、
この時間を利用していったん外に出る。



ここから山形新幹線直通の東北新幹線に乗り込むため、
再び新幹線改札口に入場する。



大宮は在来線では何度も来たことがあるが、
なかなか新幹線ホームに入ることはない。
ここで山形新幹線E3系2000番台リニューアル車両に乗り込む。



大宮を16:26に出た「つばさ145号」で米沢まで行く。
大宮から福島までは東北新幹線の高架区間を通過、
標準軌に改軌された奥羽本線を米沢まで行く。


 13.米沢の沈黙とトンネルの中の駅

山形新幹線で米沢に着いたのは18:08で、
ここから奥羽本線で福島まで戻る。
奥羽本線は福島から青森までの484.5kmの区間だが、
山形新幹線の乗り入れ区間である福島から新庄までの区間は、
山形線の愛称がつけられている。
奥羽本線の福島から米沢までの区間が未乗車だったため、
今日は福島でホテルを予約してあるものの、
植えて米沢まで山形新幹線で行き、
在来線で福島まで戻る予定にしたのである。
米沢に到着した時には既に夜の帳が降りていて、
乗客が降りて改札口を出て行くと駅構内は沈黙に包まれた。
夜間停泊しているGV-E400系を取材する。



GV-E400系は2019年8月に営業運転を開始した気動車で、
ディーゼルエンジンで発電した電力で走行する、
ディーゼル・エレクトリック方式を採用した非電化地区用の車両である。
このあと既に停車していた719系5000番台に乗り込む。



狭軌の在来線で使用されている719系0番台を、
標準軌対応に改造した5000番台が充当されていた。
この電車は米沢を18:42に出て、46分で福島まで行く。
外は暗闇に包まれ、駅に停車しても外はよく見えないが、
峠駅や板谷駅はスノーシェルターに覆われているため、
逆に電灯があるのでよく見える。



車内から見た峠駅の様子。



車内から見た板谷駅の様子。
719系5000番台は19:28に福島に到着した。


 14.福島の彷徨と社長の本−福島の夜と朝

米沢を出た719系5000番台は、
46分掛けて奥羽本線を福山まで戻る。
夕食は事前に調べた「餃子会館」に行って福島餃子を喰う・・・予定だった。
しかしプリントアウトした地図を見て行ってみると、
その店は既に閉まっていた。



福島に到着したのは19:28で、
ネット情報ではラストオーダー21:00になっており、
当然間に合っている時間だった。
新型コロナの影響で臨時に日曜定休にしたのかもしれない。
仕方がないので予約していた「アパホテル・福島駅前」にチェックインする。



荷物を置いてから再び外出し、福島の夜を彷徨する。
街では夜にもかかわらず道路を歩行者天国にして、
路上ライブが行われていた。
震災からの復興を応援しようとしているのかもしれない。



緑にライトアップされた鉄塔が印象的な福島の夜だった。
夜の街を彷徨し、漸く見つけた「丸信ラーメン福島」で、
みそラーメン700円、餃子450円を喰う。
このあとセブンイレブン福島駅前吾妻通店で、
チューハイや日本酒など買いホテルに戻る。



持ち込んだ缶チューハイなどを飲む。
翌日は6:00a.m.からホテルの大浴場で朝風呂を愉しむ。
昨日は気付かなかったが、
ホテルのテーブルには、アパホテル社長の本も置いてあった。



アパホテル社長の元谷芙美子氏の「強運」という本だ。
今回は朝食なしの素泊まりプランのため、
このあと支度をしてそのままホテルをチェックアウトした。


 15.素泊まりのアパと買えなかった駅弁

宿泊したアパホテル・福島駅前は素泊まりの予約だったため、
ホテルで朝食は喰わずにチェックアウトした。
アパホテルではカードキーをボックスに戻すだけでチェックアウト出来る。
新型コロナ対策の完全な非接触対応である。
今日は北上線と田沢湖線の未乗車区間を乗り潰す予定で、
まずは北上線の始点である北上まで行く。
在来線での移動だとあとの予定が上手く組めなかったため、
距離は短いが新幹線移動を選択した。



新幹線ホームに入場し、売店で朝食として駅弁を購入・・・する予定だったが、
朝早かったためか駅弁が全く売っていなかった。
これには目が点になる。
仕方がないのでNewDaysでおにぎりおかずセットとお茶を買った。



ホームに上がり、07:39福島発の東北新幹線「やまびこ51号」に乗り込む。
充当されていたのはE5系だった。



座席は7号車15番E席で、1時間16分で北上に到着する。
在来線での移動だと10:03北上始発の北上線に間に合わないが、
新幹線だと逆に1時間8分の乗り換え時間になってしまい、
少し時間を持て余す。
北上は以前に訪問したことがあり、
駅舎も取材済みだが、
それでも以前来た時と変化があるかもしれないので、
念のために駅舎取材をする。



このあと駅舎に入り、駅蕎麦店「はやて北上店」に行き、
天ぷらうどん440円を喰った。
ここに駅蕎麦店があるのは前回来た時にも確認していたが、
今回初めての入店となる。
駅舎の外と待合室の両方から利用できる改札外の店である。
腹を満たして入場、0番線で10:03始発の北上線入線を待つ。


 16.横手の小雨と飯詰の遊び

北上を10:03に出た北上線キハ100の入線を待つ。
北上線は北上からほっとゆだまでの区間を往復したことはあるが、
その先には未乗車区間となっていて、
1時間12分かけて終点の横手まで行く。



横手での乗り換え時間は1時間41分で、
この時間を利用して昼食を取ることにしていて、
事前にネットで調べておいた「食い道楽・本店」に行き、
横手のB級グルメ横手焼きそばを喰う。
駅に戻ったところで雨粒が落ちてきたが、
それも長くは続かなかった。
このあとは田沢湖線の乗り潰しのため、
大曲まで移動するのだが、時間があるため、
途中駅の後三年と飯詰で途中下車して駅取材する。
まずは後三年を通り越して飯詰まで行く。



飯詰の乗り換え時間は41分で、当然のことながら時間を持て余す。
そこでホームの待合室で時間を潰すが、
この駅で降りた人はおらず、電車を待っている人もいない。
全くひとりぼっちだったので、一眼レフで遊ぶ。
ホームから見える田園風景を撮影。



 撮影日時 2020/09/21 13:26:20
 撮影モード 絞り優先AE
 Tv(シャッター速度) 1/5000
 Av(絞り数値) 5.6
 測光方式 評価測光
 露出補正 -1 2/3
 ISO感度 100
 ホワイトバランス 太陽光
 ピクチャースタイル モノクロ

更に同じモチーフでいろいろと試す。
使ったレンズは単焦点パンケーキレンズ、
EF-S24mm_f/2.8_STM、焦点距離は24.0mm固定である。



 撮影日時 2020/09/21 13:29:49
 撮影モード 絞り優先AE
 Tv(シャッター速度) 1/1250
 Av(絞り数値) 5.6
 測光方式 評価測光
 露出補正 0
 ISO感度 100
 ホワイトバランス 白色蛍光灯
 ピクチャースタイル オート



 撮影日時 2020/09/21 13:31:39
 撮影モード 絞り優先AE
 Tv(シャッター速度) 1/1250
 Av(絞り数値) 5.6
 測光方式 評価測光
 露出補正 0
 ISO感度 100
 ホワイトバランス 色温度 (7800K)
 ピクチャースタイル オート



 撮影日時 2020/09/21 13:32:33
 撮影モード 絞り優先AE
 Tv(シャッター速度) 1/1250
 Av(絞り数値) 5.6
 測光方式 評価測光
 露出補正 0
 ISO感度 100
 ホワイトバランス 色温度 (2500K)
 ピクチャースタイル オート



 撮影日時 2020/09/21 13:33:32
 撮影モード 絞り優先AE
 Tv(シャッター速度) 1/1250
 Av(絞り数値) 5.6
 測光方式 評価測光
 露出補正 0
 ISO感度 100
 ホワイトバランス 色温度 (3500K)
 ピクチャースタイル オート

写真の設定を変えて撮影を愉しみ、電車の到着を待つ。
13:48に到着した奥羽本線横手行で隣の後三年まで戻る。


 17.後三年の役の駅リプライズ

後三年は2007年11月に訪問している。
駅名の由来は「後三年の役」で、
駅舎内やホームから見える看板にも、
その資料や情報が書かれている。



 ようこそ秋田県 美郷町

  後三年の役とは・・・

  奥羽を支配した清原氏の内紛に端を発し発した争いは、
 後に源氏の介入により後三年の役へと発展しました。
  沼柵(横手市雄物川町)で清原清衡、源義家軍に勝利した清原家衡は、
 応援に駆けつけた藤原武衡とともに、
 より強固で天然の要塞といわれた金沢柵(横手市金沢)に本拠を移します。
 これにより、合戦は横手市と美郷町にまたがる金沢地区を
 主戦場に繰り広げられることになりました。
  金沢柵の堅い守りに対し、清衡、義家軍は日本史上初といわれる
 兵糧攻め(敵の食料補給路を断って食料が届かないようにする攻め方)を展開、
 難攻不落とされた金沢柵も一〇八七問十一月十四日(旧暦)、
 ついに陥落し後三年合戦は終結しました。
  合戦に勝利した清衡は性を実父と同じ藤原に戻し、本拠を平泉に移しました。
 幾多の戦いで凄惨な場面を目の当たりにしてきた清衡は悩み苦しみ、
 この世に平和な浄土を築こうと大伽藍(僧侶が集まり修行する神聖な場所)の
 建設に取りかかります。
 当時の伽藍の中で唯一現存する中尊寺金色堂こそ、
 清衡が提唱する平和希求の象徴なのです。
 清衡が礎を築いた奥州藤原氏の栄華は以後一〇〇年続き、
 その思想は今も語り継がれています。

前回訪問した時から駅舎はリニューアルされていた。



参考として拙作「Station−駅から始まる物語」から、
奥羽本線後三年駅の記事を一部抜粋して転載しておく。
転載にあたって一部改行を施している。

  997.JR奥羽本線後三年駅



 JR後三年駅は単式1面1線と島式1面2線の、
 計2面3線の地上ホームを有する奥羽本線の駅である。
 奥羽本線の大曲から横手までは、奥羽北線として青森から延伸していき、
 最後の区間として1905年6月15日に開通した。
 同年9月14日には奥羽南線が福島から延伸して、
 最後の延伸区間である湯沢から横手が開通、奥羽本線は全通した。
 後三年は1921年12月12日に開業した。
 画像は旧駅舎で、2012年12月22日には2013年の、
 秋田デスティネーションキャンペーンに合わせて新駅舎が完成している。

 画像 dd09202
 撮影時刻 2007/11/16 13:31:02

 REI RINGONO Station
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後三年の滞在時間は31分で、14:25の秋田行きで大曲に出る。
ここからいよいよ田沢湖線の乗り潰しに挑戦する。


 18.田沢湖線の乗り潰しと追加の小岩井

大曲の乗り換え時間は19分で、
ここからは701系5000番台で盛岡まで行く。
田沢湖線は秋田新幹線乗り入れのため、
1966年3月30日より全線休止されバス代行となり、
そこから約1年を掛けて狭軌から標準軌に改軌された。
1997年3月22日より標準軌として営業再開し、
秋田新幹線「こまち」が新在直通特急として運転が開始された。
そのため在来線も標準軌対応の5000番台が充当されている。



14:55大曲を始発した701系5000番台は、
田沢湖線を2時間1分かけて盛岡を目指す。
臨時列車が運行されることになり、
一部ダイヤが変更になったが、盛岡到着の16:56は変更ないとのこと。
車内は立ち客がいるほど混んでいたが、
角館で多くの人が下車し、車内は空いた。
秋田内陸線との乗換駅でもあり、新幹線停車駅でもある。
ここからも各駅に停車し、田沢湖で少し止まってから、
志度内信号場でも少し停車する。



信号場とは単線で上下線がすれ違うための場所で、
信号によって入線を規制して上下線をすれ違わさせる。
その先にも大地沢信号場がある。
信号場は後に駅に昇格するケースもあるが、
志度内、大地沢は多くの利用者も認められず、駅昇格の話しはない。
このあと小岩井にも少し停車することになり、
その時間を利用して駅取材を強行する。

小岩井駅は相対式2面2線の地上ホームを有する。
1番線は上り、2番線は下りが使用する。
盛岡側からは橋場軽便線として、
大曲側からは生保内軽便線として建設された。
橋場軽便線として1921年6月25日に盛岡から雫石が開業、
この時に小岩井も同時に開業した。
1922年7月15日に橋場まで延伸したが、
戦時中の1944年10月1日に雫石から橋場は、
不要不急路線として休止された。
生保内線として1921年7月30日に大曲から角館までが開業、
同年12月11日に神代まで延伸、
1923年8月31日に生保内(現・田沢湖)まで延伸された。
橋場軽便線線、生保内軽便線は1922年9月2日、
それぞれ橋場線、生保内線に改称されている。
戦後、1964年9月10日に雫石から赤渕までの区間が生橋線として開業、
生橋線は1966年10月20日に赤渕から田沢湖に延伸、
橋場線、生保内線を編入の上、田沢湖線に改称した。

小岩井に到着したのは4:43p.m.で、既に日が傾き書けていた。



前面窓から見える線路には暮れかけた太陽から、
西日が降り注ぎ線路に反射している。
ススキが風に揺れていた。
小岩井から2つめが終点の盛岡である。


 19.割れた南部煎餅とモニターされた食堂−盛岡の夜と朝

盛岡到着は16:56で、予約していた、
ホテルルートイン盛岡駅前にチェックインする。
このホテルはネット予約で、
ホテル1階の自販機で使えるコインが貰える。
これで天然水・ヨーグリーナを貰ってから207号室に行く。



価格は10,000円で高めだが、連休の人気エリアなら仕方がない。
ホテルに荷物を置いて駅前に出掛け、
事前に調べた「ももどり駅前食堂」でももどり定食を喰う。
夕食が終わってホテルに戻る時には既に夜の帳が降りていた。



戻る前に駅ビル内の「KiKiZAKEYA」で岩手地酒セット、
「盛岡せんべい店」ではじき煎餅、
「いろといろ」でおつまみさばチップなど買い、
ホテルに戻って部屋飲みする。



秋田地酒セットの中身は

 純米大吟醸 あき開
 純米吟醸 なんぶびじん
 純米吟醸 月の輪

で、全て岩手の酒蔵の日本酒である。



日本酒には詳しくないが、最近は少し好きになってきた。
はじき煎餅は南部煎餅の製品としてはじかれたものを袋詰めにしたもので、
その分破格の198円(税抜き)である。
自分で喰うのならどうせ割って喰うので問題ない。
翌朝は5:00a.m.に起床し、ホテルの大浴場で朝風呂を愉しむ。
部屋に戻ってクールダウンしながら6:30a.m.を待ち、
1階「花茶屋」で無料バイキングの朝食を喰う。



ご飯、味噌汁、玉子焼、オムレツ、ハム、ベーコン焼、クリームコロッケ、
ポークシューマイ、鶏肉の辛味噌焼、餅ポテト、鯖の西京焼、
サラダ(レタス、コーン、マカロニサラダ)、わさび漬け、梅干しなど喰う。
部屋に戻って歯を磨いてチェックアウトの準備する。
部屋のテレビでは「レストラン混雑状況」が確認できる。



レストランに取り付けられたカメラから、
リアルタイムで混雑状況が部屋から確認できるので、
余裕のある人は空いてから行こうという判断も出来る。
三密回避のためにも有効なサービスである。
「プライバシーの観点から画像はぼかして表示しています。
画像は15秒ごとに更新されます。」とある。
支度をして自動精算機でチェックアウトする。
今日は釜石線の乗り潰しに挑戦する。


 20.スイッチバックの「はまゆり1号」と釜石線の完乗

ホテルルートイン盛岡駅前をチェックアウトし、
盛岡駅を入場、08:42盛岡始発の快速「はまゆり1号」に乗り込む。



キハ110形が充当されているが、
普通のキハ110系がセミクロスシートなのに対し、
この車両は快速用として転換クロスシートが採用されている。



この車両はもともと急行「陸中」に充当されていたもので、
この急行が廃止になり、快速に格下げされて「さんりく」となった。
この列車は08:42盛岡始発で花巻まで東北本線を行く。
花巻から釜石線に入り、終点の釜石まで行く。
花巻からは下り方面に進んで釜石線に分岐するため、
上り列車の「はまゆり1号」はここでスイッチバックする。
釜石線に入り、宮守や遠野などに停車して、
2時間8分かけて釜石に到着する。
ここでの乗り換え時間は1時間22分でまずはホームで車両取材する。
釜石線は非電化区間のため、給油の必要がある。



留置線にはスタンドも設置されていて、ここで給油するのだろう。
このあと事前に調べておいた「工藤精肉店食堂部」で昼食を喰う。
提供に時間がかかり、1時間22分の折り返し時間があったが、
駅に戻った時には既に折り返し列車が停車していた。


 21.釜石からの戻りと絵本のような花巻駅

釜石での乗り換え時間は1時間22分で、
その時間を利用して昼食を喰いに行った。
金石はラグビーでも有名な新日鉄釜石の所在地でもある。



鉄橋の向こうに工場の煙が見える。
昼食に入った工藤精肉店食堂部は甲子川を渡った先にある。



行きは快速「はまゆり」で釜石まで来たが、
帰りはダイヤの都合から普通列車で花巻まで戻ることにした。
快速だと盛岡から釜石まで2時間8分だったが、
普通列車だと釜石から花巻までで1時間58分かかる。
帰りは新花巻から新幹線で帰ることにしていたが、
その前に花巻での駅取材のために新花巻を通り過ぎ、
終点の花巻まで来たのだ。



ここで駅取材するが、外観は「銀河鉄道の夜」をイメージした、
紺色のガラスが填め込まれた駅舎だった。
内部も宮沢賢治をイメージした世界観になっている。



ここでの折り返し時間は30分で、
ゆっくりと駅取材して14:40花巻始発の釜石行で新花巻まで行く。


 22.銀河鉄道な在来線と風呂屋の暖簾

JR新花巻駅は在来線と新幹線の乗換駅であり、
在来線は単式1面1線の、
地上ホームを有する釜石線の駅である。
東北新幹線は相対式2面2線の高架ホームを有している。
新花巻には中線が設置されておらず、
ホームには可動式安全策が設置されている。
1番線は下り、2番線上りが使用する。
東北本線は1982年6月23日に大宮から盛岡までが部分開業した。
しかしこの時には新花巻には駅は設置されず、
地元の請願により1984年より工事に着工、
1985年3月14日に開業した。
費用は岩手県が3分の1を補助、その他地元からの協力金などもあった。
在来線と新幹線の駅舎は独立しており、
県道を地下通路で渡り、新幹線駅舎に至る。

在来線の単式ホームは宮沢賢治の、
「銀河鉄道の夜」をイメージしたデザインになっている。



ここから新幹線の駅舎に地下道を通って移動し、
駅舎を取材してからお土産などを買い、
新幹線ホームの改札口を潜る。



改札口は1階でホームは2階部分の高架に設置されている。
乗り場に行き入り口には何故か風呂屋の暖簾が掛かっていた。



1番線下り盛岡、新青森方面は女湯をイメージさせる赤い暖簾。



2番線上り仙台、東京方面は男湯をイメージさせる青い暖簾。

青い暖簾を潜る・・・というほど低い位置にはないけれど、
ここから階段を上ってホームに上がっていく。


 23.「やまびこ62号」のグランクラス

暖簾の掛かった入り口から2階に上がると、
相対式ホームに辿り着く。
中線はなく、その代わり通過列車の風圧による、
転落防止のためホームドアが設置されている。



ここから15:19新花巻発の東北新幹線「やまびこ62号」に乗り込む。
E5系が充当されていた。
東京までの乗車時間は3時間5分で、
時間が長いのでグインクラスを予約していた。



グランクラスは1+2のシート配列で、
1車両で18席しかない。
アテンダントが乗り込んでおり、
乗車するとおしぼりが出され、乗り物のオーダーを取っていく。



ビールをオーダーして、軽食とパウンドケーキ、あられも提供される。
以前は和軽食と洋軽食が選べるようになっていたが、
今は和定食のみになっている農で、
上り列車だったため、「東北・北海道編」だった。



軽食は蓋を開けるとこんな感じだった。



  お献立

 [上段]
 一、小茄子含め煮
   ずいき甘酢漬
 二、三陸産ぶり幽庵焼
   加賀揚
 三、三陸産花こえび佃煮
   菜の花醤油漬
 四、北寄貝茶飯 青森県産「青天の霹靂」使用
 [下段]
 五、鶏皮ポン酢焼
   キャベツ炒め
 六、ずんだもち
 七、笹かまぼこ
   玉子焼 宮城県産鶏卵使用
 八、白飯 青森県産「青天の霹靂」使用
   福島県産「高田梅」漬

さらに喰い終わってから追加でビールをオーダー、
あられをつまみに飲んでそのあと爆睡する。



目が覚めたのは大宮に入線する頃で、
そのあともうとうとしながら東京に到着したのは定刻の18:24だった。


 24.予定変更の「しおさい9号」−旅の終わり

東京到着は18:24で、予定では軽食だけでは腹が減ってしまうので、
東京ラーメンストリート・東京駅一番街で、
未訪問のラーメン店で改めて夕食を喰おうと思ったが、
ビールを飲み過ぎたこともあって、それほど腹が減っておらず、
そのまま帰ることにした。
予定を変更したために偶然、「しおさい9号」に接続できた。
三連休東日本・函館パスは特急券を別に購入すれば、
組み合わせで特急や新幹線も利用できる。
そこで地下ホームに降りる前に構内の券売機で、
東京から千葉までのB自由席特急券520円を購入する。



快速で帰れば追加料金入らないが、
グリーン車に乗れば事前購入でも580円かかる。
つまり特急に乗った方が快速のグリーン車で帰るより安上がりなのである。
特急「しおさい」は東京から銚子を結ぶ、総武本線の特急である。
255系9両編成が充当されていた。



255系は2号車、3号車、5号車が指定席、4号車はグリーン車となっていて、
残りの1号車と6号車から9号車が自由席となっている。



1号車自由席に座って千葉を目指す。
停車駅は東京を出ると錦糸町に停車し、次は千葉である。
つまり1駅だけ停まって千葉まで行ける。
津田沼で停まらないので総武緩行線で戻らなければならないが、
それでも快速よりも早く家に帰ることが出来る。
こうして2泊3日の旅は特急の追加で締めて完了した。


 25.補遺−切符の携帯方法と乗り潰し実績

今回の旅では事前に購入した三連休東日本・函館パスを使用したのだが、
この切符は自動改札で使用できるもので、
特急や新幹線などの特急券、指定席券などと同サイズである。
勿論、クレジットカードなどともほぼ同じ大きさで、
そのため財布に仕舞うことも可能である。
以前は財布に入れて使う度にそこから出して使用していた。
しかし最近ではキャッシュレスが進んできて、
財布の使用頻度も少なくなり、
逆に財布は多くのカードなどを持ち歩くためのものとして、
ポケットには入れずにカバンに入れて持ち歩くことになった。
そこで切符は駅で無料で貰える切符入れを使用することにした。



これはロングタイプの切符にも対応した大きさで、
切符を買った時の[ご案内]やクレジットカード利用票なども入る。
最近ではこれを使用して切符を携帯することが多い。



切符を購入した時に一緒に付いてくるこれらを、
切符入れに一緒に入れることで、
ズボンのポケットに入れた時に切符が折れ曲がるのを防ぐ。
この切符入れを多めに貰って一日一袋で使用する。
一日使用するとさすがにポケット内の水分を吸ったり、
歩くことでの摩擦でボロボロになってしまうのだ。

  −乗り潰し実績−

  9月20日日曜日

 飯山線/飯山−越後川口
 奥羽本線/米沢−福島

  9月21日月曜日

 北上線/ほっとゆだ−横手
 田沢湖線/大曲−角館

  9月22日火曜日

 釜石線/花巻−釜石





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