師走函館純情物語



  1.はやて1周年記念パス

ネットサーフィン中にJR東日本のホームページで、
「はやて1周年記念パス」の事を初めて知った。
3日間JR東日本全線とJR北海道中小国−函館間が乗り放題で、
おとな\23,000だという。
中小国は青森から三厩までを結ぶ津軽線の駅で、
この駅から津軽海峡線が分岐する。
津軽海峡線はその名の通り、
津軽海峡を越える青函トンネルを含む路線で、
北海道側では江差線木古内までの路線である。
つまりこの切符はJR東日本全線に加え、
「白鳥」や「スーパー白鳥」で函館までも行けるというものである。
しかも価格は「三連休パス」よりも\1,000安い。
これは使わない手はない。
期間は平成15年12月1日から25日の連続する3日間である。
函館は以前から一度は行ってみたいと思っていた場所だったので丁度良い。
本来は函館空港まで飛行機で行って一日函館を観光し、
当日移動で「スーパー北斗」で札幌に行き、
ここで一泊して翌日は札幌で観光して帰ってくるつもりだった。
札幌も去年行ったが市電は全く取材していない。
そこで函館と札幌の市電取材ツアーを検討していたのである。
しかしこの切符の発売によって、
函館取材だけを切り離して企画することにした。
「三連休パス」と同様、普通車指定席も4回まで取ることが出来る。
そこで12月の第一週、6日土曜日から8日月曜日まで行くこととし、
12月8日月曜日は平日なので会社に有給休暇を申請、
1ヶ月前の11月6日木曜日に仕事中にJR浮間舟渡駅に行って、
「はやて1周年記念パス」を購入、
同時に12月6日土曜日分の指定席も予約した。
会社は労働組合が月に一度は有休かを取ろうと有給休暇促進運動をやっていて、
それが追い風となって有給休暇の申請も簡単に出来てしまった。
ネットで調べて泊まるホテルも確保し、
11月8日土曜日にJR幕張駅で帰りの指定席も発券して貰った。
今回は12月6日土曜日はJR東日本管区で取材し、
当日移動で函館へ行って一泊し、
2日目は函館市電の一日乗車券を購入して市内を取材、
2日目はJR北海道管区で取材して帰ることにする。
三沢から出ている十和田観光電鉄も取材したかったので、
それを含めて取材予定を決定した。

 −12月6日土曜日−

05:44幕張→総武緩行線→06:25秋葉原
06:30秋葉原→京浜東北線→06:34東京
06:56→はやて1号(指定席)→10:04八戸
10:16八戸→スーパー白鳥1号→10:28三沢
10:37三沢→十和田観光電鉄→11:04十和田市 \570
11:40十和田市→十和田観光電鉄→12:06三沢 \570
12:15三沢→普通1550M→12:35八戸
13:11八戸→つがる9号→14:54弘前
15:15弘前→普通651M→16:01青森
16:10青森→普通576M→16:29浅虫温泉
17:02浅虫温泉→白鳥15号(指定席)→19:23函館

 −12月7日日曜日−

※函館市電一日乗車券 \600

※函館駅車両取材

11:27(着)日本海
12:25(始)ドラえもん海底列車
13:12(着)スーパー白鳥
13:40(始)スーパー白鳥

16:37(着)ドラえもん海底列車
16:39(始)日本海

21:39-21:48 北斗星2号
21:54(着)スーパー白鳥

山麓駅→函館ロープウェイ→函館山 \1,160(往復)

 −12月8日月曜日−

07:57函館→普通1152D→08:20上磯
08:32上磯→普通1155D→08:48五稜郭
09:20五稜郭→白鳥41号→09:25函館
10:07函館→普通112D→11:14木古内
(※渡島当別 10:47-53)
(10:40函館→白鳥18号→11:09木古内)
12:33木古内→スーパー白鳥1号→13:12函館
13:40函館→スーパー白鳥24号(指定席)→16:43八戸
16:55八戸→はやて24号(指定席)→20:08東京
20:45東京→すいごう→21:15千葉

2003/12/20 21:23


  2.走れ!はやて

12月6日土曜日、函館旅行の一日目。
4:50a.m.に起床して支度し、05:44のお茶の水行きに乗る。
この時間に起きられるかどうかがすごく心配だった。
家を出る時はまだ辺りは漆黒の闇に包まれていて、
街灯の明かりだけを頼りに駅まで歩かなければならなかった。
秋葉原から乗り換え時間5分で京浜東北線で東京へ。
秋葉原の駅は思った以上に混んでいた。
6:34a.m.には東京駅に着き、そのまま新幹線ホームに行く。
指定席券も同時に通したために車内検札はない。
新幹線ホームのNRE売店で、
東京中華弁当\1,300とはやて弁当\1,050のどちらにするか悩んでいるうちに、
はやて1号が入線してきた。
結局「はやて1周年記念パス」で「はやて1号」に乗るので、
ここは正論としてはやて弁当\1,050を選択する。
生茶500ml\150も買って、指定席はやて1号4号車3番E席に座る。
最近は朝からビールを飲むこともなくなった。
「はやて弁当」は今年1月に食べた時とは若干メニューが違っていた。
東京駅での乗車率は約7割、上野で9割、
そして大宮ではほぼ満席になった。
「はやて」は大宮を出ると仙台までノンストップである。
去年12月に「はやて」の登場で、
東北新幹線の中で各駅停車が「やまびこ」、
そして新幹線の中での更に優等列車が「はやて」と分かりやすくなった。
そして「はやて」は一部の列車を除いて八戸まで直通する。
仙台である程度の客が降りたが、それと同じくらいの客がまた乗ってきて、
満席状態は結局変わらなかった。
次の停車駅は盛岡で、ここで連結して走っていた「こまち1号」を切り離す。
ここでもある程度降りたが、また同じ数が乗ってきた。
結局盛岡からは各駅に停車し、いわて沼宮内、二戸で多少の下車はあったものの、
大半の客は八戸まで行った。
やはり「はやて1周年記念パス」の客が多いのだろうか。
10:04はやて1号は八戸に滑り込む。

 ※参考資料「はやて弁当〜おしながき〜」

ご飯       減農薬米使用
梅干し      紀州みなべ産の南紅梅を程良い塩味で漬け込みました。
         白いご飯にはかかせない一品です。
ちりめんじゃこ
紅鮭の塩焼き   色鮮やかな紅鮭を塩焼きにしました。
         お弁当の代表的なおかずです。
玉子焼き     東京築地の玉子焼き専門店
         「すし玉青木」による手作りの玉子焼きです。
         お母さんが作ってくれた懐かしい味を思い出して下さい。
おでん      味が染み込むまでじっくり煮含めたおでんに
         生姜の風味を効かせた甘辛味噌を付けてお召し上がり下さい。
 大根
 ちくわ
 イカボール
 こんにゃく
三陸めかぶ    ねばりけのある三陸産のめかぶに食感の良い山くらげを
         和えました。
帆立柔煮     帆立を食感を崩さずに軟らかく煮上げました。
小松菜の煮浸し  栄養豊富な小松菜に油揚げをあっさりと煮浸しにしました。
ぜんまいの五目煮 ぜんまいを醤油味の田舎風の煮物にしました。
人参煮

2003/12/20 22:19

※写真:はやて弁当と生茶 撮影時刻 2003/12/06 07:01:36


  3.十和田観光電鉄の冬

十和田観光電鉄は国際興業グループ傘下の企業で、
電車線で三沢から十和田市を結ぶほか、
十和田市駅から十和田湖までのバス路線も持っている。
十和田観光電鉄線は十鉄電車と呼ばれ、
三沢−十和田市間の全11駅、営業路線14.7kmである。
開業は大正14年で、開業以来80年以上の歴史がある。

八戸で「はやて1号」を降りてまず一端改札を出てコインロッカーを探し、
旅行用のバッグをコインロッカーに入れて再び入場する。
「はやて1号」を降りる時に飲みかけの生茶のペットボトルを忘れてきたことに気付き、
ちょっとだけ後悔する。
ジョイフルトレイン「うみねこ」が停まっていたが、
取材している時間はなくて直ぐに「スーパー白鳥1号」に乗り込む。
既に自由席は満席で、指定席も既に売り切れているという。
座りきれなかった客がデッキに溢れていた。
10:16に八戸を出て12分で最初の停車駅三沢に着く。
JR三沢駅正面口を取材し、十和田観光電鉄三沢駅に行く。
JR正面口の南側に位置しているが、
正直云ってかなり年季が入っている建物である。
昔の小学校にあったようなストーブが通路においてあった。
乗車した車両は7700系で、元東急電鉄の車両である。
昭和38年に制作され、平成14年東横車両で改造された後に十鉄に譲渡された。
\570で十和田市駅までの切符を購入して約26分の旅を楽しむ。
十和田市駅はダイエーに隣接されていて、
ホームは独立しているものの、改札はダイエーの中にある。
ここを出て十鉄の車庫に留置してある電気機関車ED40型2号機や、
モハ3600形電車などを取材する。
モハ3600形は昭和17年8月に製造された元東急の車両で、
当時の塗色が復元されている貴重なものである。
11:40十和田市発の十鉄で三沢に戻る。
十和田市駅は発車10分前まで改札を閉鎖していた。
三沢に着いてから正面口とは反対側の東口を取材して三沢シャトルに乗り込む。
三沢シャトルは八戸と三沢を結ぶ編成で、701系が使用されていた。

2003/12/20 00:00

※写真:十和田市駅車庫で留置中のモハ3600形とモハ3400形 撮影時刻 2003/12/06 11:23:34


  4.浅虫温泉の夜

八戸駅で少し車両取材する。
入線してきた485系3000番台が「つがる」だったので、
これに乗るのかと思ってしまったが、
あとから始発のE751系「つがる」が隣のホームに入線してきて、
これが「つがる9号」だと分かった。
一端改札を出てコインロッカーに預けてあったバッグを取り出し、
再びホームに降りて取材する。
「つがる9号」の自由席を陣取るが、乗車率はそれ程高くなかった。
ホームの売店で菊ずし\1,000を買い、自販で生茶500ml\150を買う。
「菊ずし」は世界モンドセレクション金賞を受賞したほか、
各種の賞を受賞している八戸の駅弁である。
菊ずしに入っていたしおりによると、
「八戸小唄で知られる八戸は菊の里。
とりわけ阿房宮と呼ぶ黄金色の名花は南部藩が奨励し、
江戸時代から栽培され、
不老長寿の食用菊として日本一の定評がある。
この菊を厳選されたこしひかり・米酢・こぶ炊きしたシャリに混ぜ、
これに日本一の水揚げ高のいかと、
うに・さば・ほたて・紅さけの高級珍味を押し寿しにし、
八甲田の笹の葉にくるんだ“菊ずし”です。
どうぞ各賞に輝く“菊ずし”を末永くご賞味下さいませ。

世界モンドセレクション金賞受賞
全国観光土産コンクール受賞
青森県商工会連合会長賞受賞
                 店主敬白」とある。
この笹ずしを頂きながら「つがる9号」で終点弘前を目指す。
13:11に八戸を出て、次は青森までノンストップ、
ここでスイッチバックして浪岡に停車し、14:54弘前に着く。
弘前駅は工事中で仮駅舎だった。
ここでの取材時間は21分。
留置中だったラッセル型ディーゼル機関車DE15型1539号機等を取材し、
15:15始発の普通電車で青森を目指す。
青森に着く頃にはかなり薄暗くなっていた。
元々天気が悪い上に冬で日没も早く、自然光の取材は限界点を過ぎていた。
16:01青練りに到着し、9分の乗り換え時間で更に東北本線に乗り換え、
約20分の旅で浅虫温泉に到着する。
時間が経つにつれてどんどん日は落ちていき、
浅虫温泉に到着する頃にはすっかり夜の帳が降りてしまっていた。
前回1月の旅行では浅虫温泉は完全な夜撮だったため、
今回再びリベンジにやってきたのだが、
今回もフラッシュを焚かなければ駅舎取材が出来ないほどになっていた。
とほほ・・・。
ここでは30分以上時間があったので海辺まで行って写真を撮る。
そして17:02浅虫温泉発の「白鳥15号」に乗り、
いよいよ青函トンネルを初めて越える旅に出る。

2003/12/21 02:10

※写真:夜の浅虫温泉駅全景 撮影時刻 2003/12/06 16:48:13


  5.はるばる来たぜっ、函館!

17:02浅虫温泉発の「白鳥15号」に乗って函館を目指す。
青森ではスイッチバックのため6分停車する。
その間にホームのNEWDAYSに行って生茶500ml\150のほか、
小さなばかうけ\100、林檎どら焼き\120等買う。
さすがは青森だけあって林檎の味のする餡の入った林檎どら焼きは秀逸であった。
検札を受け、蟹田では乗務員がJR東日本からJR北海道に交代する。
ここでは乗客の下車は出来ないが、
運転席のドアから乗客が何人か乗ってきた。
せっかく停まるのだから乗車だけは認めているのだろう。
そしていよいよ青函トンネル突入である。
北海道は何度も行っているが全て空路で、
青函トンネルを抜けて陸路で北海道に行くのは実はこれが初めてである。
しかし夜ということもあって、青函トンネル突入はそれ程ドラマチックではなかった。
大小9つのトンネルを抜け、18:05頃、青函トンネル突入する。
そして函館駅に着いたのは19:23になっていた。
函館駅はリニューアルしたばかりでとても綺麗だった。
少し車両取材し、改札を出てホテルまで歩く。
予約してあった東横イン函館大門店にチェックインする。
2泊3日で税込み\10,080だった。
OMCカード使用する。
部屋に入ってシャワーを浴び、着替えて8:25p.m.には再び出かける。
ホテル自慢のカレーの無料サービスは既に終わっていて、
仕方がないので「ザ・丼・函館駅前店」でネギトロ丼みそ汁セット\590+29喰う。
せっかく函館に来たのだからネギトロ丼でも喰おうかと思ったのだけれど、
「ザ・丼」は全国展開しているフランチャイズで、
千葉県にもシャポー本八幡店とイオン津田沼店にあるそうである。
とほほ・・・。
函館駅に行き、車両取材する。
カシオペア、北斗星、北斗、スーパー白鳥等・・・。
自販で北海道限定の北海道産牛乳使用キリン・ファイア・ミルクテイストを飲む。
自販でオレンジカード3枚購入し、
函館朝市のクリスマスツリーなど観る。
ホテルに戻る途中にLAWSON函館東雲町店で発泡酒など買い、
部屋に戻って再びシャワーを浴びて買ってきた発泡酒などを飲む。

2003/12/21 02:38

※写真:JR函館駅に停車中のE26系「カシオペア」 撮影時刻 2003/12/06 21:05:54


  6.極寒の函館city Part.1

6:20a.m.に起床し、シャワーを浴びて7:00a.m.に1階に降りる。
ホテルの朝食サービスでおにぎり、みそ汁、コーヒーなど喰う。
おにぎりは4つ、みそ汁もお代わりしてしまう。
7:30a.m.にはホテルを出て、
バッグをJR函館駅のコインロッカーに預けて取材開始する。
今日の予定は函館市電の一日乗車券を購入して、
全電停の取材をすることだった。
しかし駅前観光案内所は10:00a.m.まで開かないことを知り、
仕方がないので函館駅前バスターミナル案内所まで行って購入する。
大人\600で一日乗り放題である。
昨日青函トンネルを抜けて北海道に入ってからは雨が降り始め、
函館駅を降りてからホテルに行くまでも折り畳みの傘を使わなければならなかった。
しかし今日はその雨が寒波によって雪になり、
今朝になっても雪が降り続いていた。
一時期は猛吹雪になり、市電の取材をあきらめたが、
小降りになったので市電取材を決行する。
先に摩周丸を取材してから一日乗車券を使って市電に乗り込む。
湯の川行きに乗って湯の川温泉まで行き、
ここで下車して隣の終点湯の川電停まで歩く。
雪は小降りになったものの、それでもずっと止む気配はない。
寒さに凍えながらの取材になった。
函館駅前電停まで戻ってから駅で少し休憩し、
谷地頭方面行きで終点谷地頭まで行き、
隣の青柳町まで歩いて魚市場通まで行く。
歩いて市役所前まで行って再び市電で函館駅前まで行く。
11:27に日本海が到着予定だったのでこれを取材にJR函館駅まで行く。
しかし予定だった日本海は入線しなかった。
時刻表を見間違えたのだろうか。
次は12:25始発のドラえもん海底列車まで時間があるので、
函館駅2階の「和華 WAKA」で海鮮ソバセット\1,000喰う。
海鮮ちらし寿司に蕎麦のセットで、
温かい蕎麦と冷たい蕎麦が選べるようになっている。
この寒さだから勿論温かい方を選択した。

2003/12/21 14:13

※写真:函館駅前電停前ですれ違う函館市電 撮影時刻 2003/12/07 11:11:57


  7.ドラえもん海底列車

12:25始発のドラえもん海底列車の取材をする。
これは781系交流専用電車をドラえもんのキャラでデザインした列車で、
以前は快速「海峡」の客車や牽引の電気機関車ED79型に塗色していたものを、
2002年12月のダイヤ改正でこの客車が廃止になったことから、
その代替えとして登場したものである。
6両編成で函館から1号車がタケコプター、2号車が植物歩かせえき、
3号車がジャック豆、4号車が空気クレヨン、
5号車がウマタケ、6号車がムードもりあげ楽団と、
ドラえもんの秘密道具が列車ごとにデザインされている。
また小さな子供に配慮して、4号車の中はドラえもんカーとして、
遊技スペースになっている。
この列車は函館と青函トンネル内の吉岡海底駅を結ぶもので、
吉岡海底駅の中にはドラえもん海底ワールドとして、
実物大ののび太の部屋、野比家の居間、しずかちゃんの部屋、
ジャイ子の部屋、スネ夫の家、秘密道具コレクションコーナーなどがある。
吉岡海底駅は本州側の竜飛海底駅と同じく、
元々は青函トンネルの避難用の駅として設置されたものである。
青函トンネルは津軽海峡の下を通るトンネルであるので、
地上から地下に入る入り口もかなり手前からになる。
あまり手前からでは勾配が急になりすぎて列車が上れなくなってしまうからだ。
そのためトンネルの長さも53.9kmと非常に長くなり、
もしトンネル内で事故が起こったのすると、
その長いトンネルの中を歩いて出てこなければならなくなるし、
救助隊などの突入も大変である。
そこで緊急避難用の駅を本州側は竜飛岬の下に、
北海道側は吉岡という街の下に造ったわけである。
最初は緊急用の駅として使われていなかったが、
JRになって何とかこれらの駅も観光資源にならないかということいで、
特別にこの海底駅を見学するツアーなどが企画された。
海底駅と行っても正確には津軽海峡の直前で海の下ではない。
勿論この駅から切符を買って乗ることは出来ないが、
ツアーという形でここで下車して再びこの駅から乗るようにする方法で、
子の二つの駅も臨時で旅客扱いすることになった。
しかし竜飛海底駅では職員の先導で竜飛岬への見学ツアーなどがあるが、
吉岡は地上に観光資源がないため、
ここに藤子プロ、小学館、テレビ朝日などとタイアップして、
ドラえもん海底ワールドを造って観光資源化しようとしたのだ。
そのため快速「海峡」の客車や機関車にドラえもんの絵を描いたりした。
そのため「北斗星」や「日本海む、
「トワイライトエクスプレス」、「カシオペア」などの牽引機関車も、
ドラえもん塗色ということもあった。
しかし客車牽引の青函トンネル列車が廃止になり、
この吉岡海底駅に行く特別列車としてドラえもん海底列車が造られたのである。
この列車の取材時には吹雪の真っ最中で、
子供たちを案内するお姉さんたちも寒さに凍えながら、ドアの外で待機していた。
このあとキハ281系「スーパー北斗」や485系「白鳥」等を取材し、
再び寒風吹きすさぶ函館の街に出て行ったのであった。

2003/12/21 14:41

※写真:函館駅に停車中の781系「ドラえもん海底列車」 撮影時刻 2003/12/07 12:31:33


  8.極寒の函館city Part.2

駅の待合いロビーで少し小振りになるのを待ってから再び市電に乗り、
今度は五稜郭公園前まで行く。
ここの電停を取材してから再び市電に乗り競馬場前まで行く。
ここはその名の通り函館競馬場の真ん前であり、
トイレに行きたくて函館競馬場の中にはいる。
中山競馬場と違って入場料を取られることもなく中に入れた。
外はますます吹雪いてきていて、パドックも雪に埋もれていた。
駒場車庫前まで市電で行き、
ここで留置中の車両などを取材してから函館どっく前まで行く。
ここは十字街で谷地頭方面と別れたもう一つの終点であり、
その名の通り函館のドックが見える場所である。
市電で十字街まで戻り、赤レンガ街まで歩く。
ここで大きなツリーを見かける。
たぶん夜に来たらもっと綺麗なのだろうなと思い、
ここは函館山見学の後に夜撮に来ようと思う。
金森洋物館と北の屋台村の道を歩いてツリーの前まで行き、
西波止場の方へ歩いて末広町まで出てここで再び市電に乗る。
一端函館駅に行ってから再び市電で五稜郭公園前まで行く。
午後の駅取材は16:37着のドラえもん海底列車で少し時間があったので、
五稜郭公園にある五稜郭タワーを取材しようと思い、
雪で滑りやすくなった道をひたすら歩く。
約15分歩いて漸く五稜郭タワーの見えるところまで来る。
これをしたから取材して再び電停を目指す。
既に日は西に傾きかけていて、自然光での取材は厳しい状態になっていた。
途中迷いながらも何とか五稜郭公園前の電停までたどり着く。
市電で函館駅まで行って車両取材し、
コインロッカーからバッグを取り出して再び東横イン函館大門店に向かう。
極寒の函館の街を彷徨っていたので体が芯から冷えてしまっている。
熱いシャワーを浴びて体をほぐし、
着替えて再び出かける。
ロビーでは夕食のカレーライスが振る舞われていたので、
夕食はこれを喰う。
所謂一般的な家庭で作るカレーといった感じである。
しかし寒さに凍えた体には嬉しかった。

2003/12/21 15:02

※写真:北の屋台村付近の様子 撮影時刻 2003/12/07 14:54:51


  9.HAKODATE City Lights

ホテルで夕食を喰ってから再び函館駅前電停に向かう。
ここから十字街まで市電で行き、
ここから歩いて函館ロープウェイ山麓駅に向かう。
途中で勾配が急になり、更に雪が凍結して非常に滑りやすくなっている。
手すりに捕まり、おっかなびっくり登っていく。
車道ではタクシーがスリップして登れず悪戦苦闘している場面に出くわした。
今年初めての大雪でタクシーも雪の準備がしておらず、
ノーマルタイヤではあの急な坂を上れなかったようである。
せっかくタクシーに乗って山麓駅まで行こうとしているのに、
肝心の坂道をした出降ろされている乗客は溜まったものではない。
しかし上れないのだから仕方がないだろう。
何とか転ばずに山麓駅まで来た。
函館ロープウェイは往復\1,160である。
それ程待たされることもなく、ロープウェイに登場することが出来た。
椅子はなく、全てが立ち席である。
頂上に着いてから展望台より写真を撮りまくる。
更に屋上に出て写真を撮る。
非常に有名な函館の街の景色で、
ありきたりの陳腐な言い方かも知れないが、
本当に宝石を散りばめたような美しい景色だった。
函館の夜景を満喫してから再びロープウェイで地上に降りる。
同じ道を十字街まで歩く。
凍結して滑りやすくなった道は登りよりも当然下りの方が怖い。
しかし何とか転ばずに国道279号の市電沿いまで来ることが出来た。
あのクリスマスツリーを取材しようと思い、
そのまま市電には乗らずに赤レンガ倉庫群まで歩く。
途中道を渡る時に赤信号に気を取られて転んでしまう。
しかもうしろに倒れてしまった。
まわりの人が心配して声をかけてくれた。
しかし背中にはカメラ用のリッュクタイプのカメラバッグを背負っていて直撃はさけられた。
カメラも前に持っていたので壊れずに済んだ。
偶然に偶然が重なって大事には至らずに済んだ。
左肘と腰を多少打ち付けたが、歩けないほどではなかった。
そのまま取材を敢行する。
雪の時は決して焦ってはいけないということは教訓になった。
赤レンガ倉庫群のクリスマスツリーは想像していた以上に綺麗だった。
今まで観たツリーの中では一番かも知れない。
これを写真に撮り、西波止場まで行く。
ここではこだてビールという地ビールを売っていたが、
今日は荷物になるので断念する。
時間があったら明日来ることにしよう。
この後歩いて北の屋台村まで行く。
ここに九十九ラーメンというのがあり、
看板によると「金森赤レンガ倉庫群 ラーメン誕生の歴史
 明治十七年(一八八四年)この赤レンガ倉庫群の中に養和軒という洋食店があった。
陳南養というコックが当時のメニューの中に『南京そば』というものを出した。
函館新聞の広告によれば『南京そば』は十五銭という高価なものであった。
現在ある資料の中ではこの養和軒『南京そば』こそが日本最古の『ラーメン』であると
考えられる。日本全国に広がるラーメン伝説はここから始まった。」とある。
こう書かれると是非喰ってみたいと思ったが、
既にスープが終わっていて、塩ラーメンしかないという。
仕方がないのでここはあきらめてそのまま駅まで歩く。
函館朝市を夜中に歩いて駅にたどり着く。
昼食を喰った「和華」がまだ開いていたので、ここでみそラーメンを喰う。
どうしてもラーメンを喰いたい気分になってしまったのである。
みそラーメンは\600だった。
この後ホームに入場して「北斗星」などを取材して帰る。
帰りにLAWSON函館東雲町店でビールやポテチなど買って帰り、
シャワーを浴びた後に飲む。

2003/12/21 16:55

※写真:金森赤レンガ群にそびえ立つクリスマスツリー 撮影時刻 2003/12/07 20:33:56


  10.白銀の世界

3日目も6:20a.m.に起床し、シャワーを浴びてホテルの無料朝食を喰う。
おにぎり、みそ汁、コーヒー。
おにぎりとみそ汁にコーヒーはどうだろうかと思うのだが・・・。
昨日転んだ時に打ち付けた左肘と腰の痛みは一晩寝ても全く消失していない。
しかし歩けないことはなかったので、そのまま7:30a.m.にはチェックアウトする。
昨日の雪は夜中じゅうも降り続いていたらしく、
外は一面白銀の世界になっていた。
今日もコインロッカーに荷物を預け、カメラだけ持って取材に行く。
1番線に停まっていた08:32発上磯行きの気動車に乗り、終点上磯を目指す。
有給休暇を取っての旅行なので、世間的には全くの平日の月曜日である。
この車両も大半が高校生だった。
高校のある路線のバスに乗り合わせたみたいに、
車内はまるで休み時間の教室の中のようであった。
高校があると思われる駅に着くと一斉に降りていって、
後にはおいらのほかは老人がひとり座っているだけだった。
上磯で下車して駅取材する。
上磯は函館から五稜郭を経由して江差までを結ぶ江差線の途中駅で、
ここは比較的開けている駅なのだろう、
地方路線の中にあって有人駅で待合室も完備されていた。
雪の多い地方の駅は特徴的に跨線橋の入り口にも扉がある。
室内の暖気を逃がさないようにするための工夫である。
また雪が入ってこないようにとの配慮があるのかも知れない。
駅取材の後、乗ってきた3両編成のキハ40形で五稜郭まで行く。
キハ40形は両運転台式の気動車であるが、通学時間に合わせて3両編成で運転されていた。
またキハ40形はディーゼルエンジンを積んだ気動車であるが、
江差線の函館−木古内間は津軽海峡線と接続しているため、
電気機関車や電車が通過する。
そのために電化設備が整っている。
しかし木古内−江差間は非電化区間のために、
この区間で通常使用されている車両は気動車キハ40形なのである。
上磯で12分の取材を終え、26分かけて五稜郭に行く。
五稜郭は函館本線の駅であり、スイッチバックする函館駅発の江差線もここを通る。
函館駅は嘗て青函連絡船を受け入れるために、
海岸線ぎりぎりに造られている。
そのために青函トンネルが廃止されてからも、
全ての列車がスイッチバックしなければならなくなった。
この事情は青森駅と同じである。
五稜郭では32分の取材時間を取っていたのだが、
思ったほど大きな駅ではなく、入り口も一カ所しかなかったためにあっという間に取材終了。
本当は白鳥41号で函館に戻るつもりだったが、
その前の江差方面からの単行キハ40形に乗って函館まで戻る。
函館は五稜郭の隣り駅で、乗車時間は5分だった。

2003/12/23 11:39

※写真:東横イン函館大門前の通りの雪景色 撮影時刻 2003/12/08 07:54:00


  11.林檎乃麗がビアエッセイストとしてしなければならないこと

予定より早く函館に戻ってこられた。
予定では10:07普通で木古内に行って駅取材する予定で、
これで渡島当別(おしまとうべつ)で10:47から6分間停車するので、
この間に駅取材しようと思ったが、
すごい雪で思ったように取材出来そうもない。
慌てて転んでしまっては大変である。
これ以上負傷したら明日以降の仕事にも差し支える。
そこで木古内行きを最初から第2候補であった10:40発の白鳥18号に変え、
その余った時間を昨日見つけた“はこだてビール”の購入に充てる。
日持ちがしないために函館以外には流通していないようである。
ここで買わなければ今後購入することは難しいと思われる。
250mlアルミボトル缶4本というのは非常に重くて荷物になるが、
林檎乃麗がビアエッセイストとしてやらなければならない試練なのである。
そう思って“はこだてビール”購入に出かけた。
雪が降り積もっていて歩きづらく、つい転びそうになる。
しかしもうこれ以上転ぶことは出来ない。
慎重にも慎重に歩きながら、本来7分で行けるところを15分もかけていく。
ようやく海鮮市場までたどり着いたが、ここでは3本セットしか売っていない。
昨日確認したものでは確か4本セットだった。
この店にあったチラシでも4種類が乗っている。
ここまでくるのにヘトヘトになっていたが、それでもここで帰るわけにはいかない。
ビアエッセイストしてやらなければならない使命がある。
そこで海鮮市場を出て北の屋台村を抜け、昨日行った西波止場まで行く。
ここにはちゃんと4本セットがあった。
 はこだてビール WEIZEN 五稜の星
 はこだてビール ALT  明治館
 はこだてビール ALE  北の一歩
 はこだてビール KOLSCH 北の夜景
4本セットで特別価格\1,500+75だった。
帰りもビール4本を持って降り積もった雪の中を変えるのは勘弁して欲しいなと思ったので、
レジの店員に「函館駅まで行くには、歩くしかないのでか」と質問してみると、
営業用の笑顔で「ここの前の道をまっすぐに歩いて20分くらいです」と明るく云った。
非の打ち所のない完璧な営業用の笑顔だった。
そこまで明るく云い離れてしまってはそれ以上の質問は出来ない・・・。
仕方なく彼女の云うとおりに函館駅まで歩いて帰った。
途中タクシーが停まっていて、思わず乗っちゃおうかなと思ったが、
あくまで歩いていけ!・・・というのが、ビアエッセイストとしての試練なのである。
10:20a.m.頃にはJR函館駅に到着する。
白鳥18号の出発まで20分あったので会社などへのお土産を買い、
買ってきたビールと共にコインロッカーに入れる。
一端開けるとまた\400が発生してしまうが、
ビール4本を持って取材はさすがにきつい・・・。
荷物をしまって改札をくぐり、
5分前に何とか485系3000番台の「白鳥18号」自由席に座り込む。

2003/12/23 12:20

※写真:すっかり雪化粧に覆われた函館山 撮影時刻 2003/12/08 10:06:01


  12.禊ぎ

出発ぎりぎりに乗り込んだために座れないかもと思っていたが、
「白鳥18号」は思ったよりも空いていて、
自由席でも余裕で座ることが出来た。
この特急は函館を出ると五稜郭に泊まり、次は木古内に停まる。
その後は津軽海峡線に入って青函トンネルを抜けて青森に向かう。
木古内は「きこない」と読み、ここは「みそぎ祭り」で有名な駅である。
みそぎ祭りは天保2年から続く荘厳な祭りで、
1月15日に4人の若者が佐女川神社の御神体を浄めるために、
冷水で自らの体を浄め、御神体を抱いてみそぎ浜で禊ぎをするというものである。
今年が第173回というからすごい・・・。
駅に掲げられていた展示物には次のように書かれている。
「佐女川神社みそぎ事はじめ
 天保2年(1831年)神社守が夢枕に『御神体を潔めよ』とのお告げがあり、
目をさますと寒気肌をさす1月15日の早朝でした。
神社守は目覚めるとすぐに御神体を抱き、神社の真下を流れる小川に行き、
一面にはっている氷を打ち砕いて身をきるような冷水で自分の体を潔めました。
 神社守りは再び御神体を抱いて海岸へ行き、
幾度なく波に打たせて清め、神社に奉納しました。
 その年から豊漁豊作が続き村は大変潤ったと言われています。
 穢れのない優秀な4人の青年はみそぎの御神体 当別、稲荷、山の神、弁財天の4体を潔めます。
13日の参籠祭りから鍛錬に入り、15日の朝まで水ごりを行います。
寒中みそぎは毎年1月15日厳寒の津軽海峡に面したみそぎ浜で行われます。」
木古内での取材時間は74分。
当然、この時間があれば佐女川神社まで余裕で往復出来る。
吹雪の中を白く降り積もった雪の上に足を取られながら海岸まで歩く。
地元の人でさえ、こんな吹雪の中を歩いている人はいない。
本当に馬鹿だな・・・と思った。
しかしそこに被写体がある以上、たとえ吹雪きでも行かないわけにはいかない。
佐女川神社の鳥居と雪の舞い散る海岸の写真を撮って帰ってくる。
厚着をしていても体の芯まで凍えるような寒さだった。
こんな中を裸で水の中にはいるとは・・・みそぎボーイズの皆さんも大変だなと心から思った。
JR木古内駅まで戻って待合室のストーブで体を温め、
12:33入線の「スーパー白鳥1号」で函館まで戻る。
自由席だったが平日なのでほとんど余裕で座れた。
函館で28分間停車し、この車両は八戸行きの「スーパー白鳥24号」となる。
追加のお土産などを買い、コインロッカーから荷物を出してこれに乗り込む。
13:40函館を出発して16:43に八戸に着く。
昼食は北海幕の内弁当\740等。
八戸での乗り換え時間は12分である。
ここで夕食の弁当、まるごと倉石村\1,000等買い、E2系1000番台を取材し、
16:55八戸発の「はやて24号」で東京に向かう。
「はやて」と「白鳥」は接続する号数が合わせてある。
昼食を食べたばかりだったので、夕食の弁当は盛岡を過ぎるまで待った。
行きは八戸で降りていろいろと遊び回ったのでそれ程感じなかったが、
直接函館から東京まで行くとやはり長いな・・・と感じる。
東京には20:08に到着した。
函館駅を出てから6時間28分が過ぎている。
それでも昔は青函連絡船を使って時間が掛かっていたし、
昭和33年登場のスハ44系客車列車特急「はつかり」の時代は、
東京−札幌が23時間24分というから、
現在は函館−札幌間が「スーパー北斗」で194分、
それを考えても約3分の2の時間で来られるようになったということだ。
無理すれば昼行列車で函館まで日帰りで往復出来る。
函館の滞在時間が短くなるか、東京に着くのが遅くなるかは仕方がないが・・・。
そんなことを考えながら20:45東京発の特急「すいごう」で千葉まで行き、
ここから総武緩行線で幕張まで帰る。
これで今年の鉄道取材の旅は終わった。
極寒の雪で禊ぎを済ませ、来年また再び被写体を求めて旅に出る。
さようなら函館の街、さようなら2003年・・・。
また新たなる旅のために今は静かに眠ろう、腰と左肘の痛みを癒すために・・・。

 −取材結果−

2003.12.06.  撮影 367枚 保存 46枚
2003.12.07._1 撮影 628枚 保存 104枚
2003.12.07._2 撮影 54枚 保存 4枚
2003.12.08. 撮影 278枚 保存 42枚

 合計    撮影 1327枚 保存 196枚 採用率 14.8%

2003/12/23 14:05

※写真:佐女川神社の鳥居と雪の降り続けるみそぎ浜 撮影時刻 2003/12/08 11:47:22




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