弥生山陰純情物語



  1.リベンジ

それはある意味で完全なリベンジだった。
2003年1月1日、
当時ANAが設定していた目玉の格安チケットに、
「一日乗り放題」というものがあって、
正しく一日何便予約を入れても良いというものがあり、
それを使って米子と鳥取を日帰りで取材しようとした。
しかし正月と云うこともあって前の晩に飲みすぎたため、
当日は昼過ぎまで寝てしまい、
結局このチケットでは羽田−米子も鳥取−羽田も取ることが出来ず、
結局山陰取材そのものを諦めてしまった。
その後ANAのホームページでいろいろと調べていく内に、
福岡空港で、しかも滞在時間3時間弱なら「一日乗り放題」でも取れることが分かり、
この成田−福岡、福岡−羽田をチケットレスで買って、
ミッション名「博多デイリーム」として決行した・・・つもりが、
航空管制システムのトラブルで結局成田で引き返すことになってしまったという、
「とほほ・・・。」な顛末になったことは、
“健文最林5.”で掲載済みである。
2004年1月1日、
つまり幻の“弥生山陰純情物語”から丁度1年後の元日に、
前日の酒が残って二日酔いの頭の中で去年の失敗のことを思い出し、
何となくネットで調べていく内に、
去年のリベンジをしようという気分になり、
最初は遊び半分で企画を考えていたが次第に熱くなり、
結局去年のリベンジをする気分になっていった。
それは昨日飲みきれなかった久留里の銘酒「福祝」の酔いも手伝ったのかも知れないが、
結局最後には本気で去年のリターンマッチをする気になっていた。
そしてたJALやANAのホームページにアクセスし、
新しい旅行の計画などをいろいろと考えていく。

 −参考資料・2003年の山陰旅行計画書−

07:25羽田空港−ANA811便−08:45米子空港
08:55米子空港−日ノ丸バス−09:25JR米子駅
09:30−11:30JR米子駅取材(入場券にて入場)

 09:30-47 寝台特急出雲
 09:43 スーパーくにびき6号着
 09:59-10:01 スーパーやくも10号
 10:18 スーパーおき3号
 10:44-45 やくも12号
 10:45-46 やくも3号

11:30−12:15JR米子駅舎取材
12:15−14:28JR米子駅取材(切符で入場)

 12:19-24 スーパーくにびき3号
 12:40-41 やくも16号
 12:41-43 やくも7号
 13:20-22 スーパーやくも9号
 14:00-01 スーパーやくも18号
 14:05 スーパーおき5号

14:32JR米子駅−スーパーくにびき8号−15:43JR鳥取駅
15:43-16:20JR鳥取駅舎取材
16:20-18:20JR鳥取駅(入場券にて入場)

 16:26 いなば3号着
 16:27 若桜鉄道若桜行き
 17:21-22 スーパーはくと7号
 17:22-23 スーパーはくと10号
 18:03 いなば6号

18:45JR鳥取駅−日ノ丸バス−19:00鳥取空港
19:55鳥取空港−ANA300便−21:05羽田空港

2004/01/06 22:43


  2.セカンドミッション

前回の計画では日帰りということが大前提であったため、
その中心が特急車両キハ187系の取材に置かれていたが、
今回はあえて日帰りにする必要もないため、
米子、鳥取の2箇所だけではなく、
前回は時間的に断念した出雲市の取材もしようと思う。
出雲市駅にはJRだけではなく、
一畑鉄道という中小私鉄も走っていて、
JR出雲市駅と出雲大社を結び、
また宍道湖の北側を松江の近くまで繋いでいる。
またこの一畑鉄道には日本一名前の長いという駅、
“ルイス・C・ティファニー庭園美術館前”という駅がある。
平仮名に起こすと“るいすしーてぃふぁにーていえんびじゅつかんまえ”となり、
23文字の駅名になる。
元々は“古江”というありきたりの名前だったが、
この美術館がオープンするのに合わせて2001年4月に改名した。
これはそれまで1位だった南阿蘇鉄道の、
“南阿蘇水の生まれる里白水高原”の22文字を抜いて日本一になるという、
駅名を観光資源にしたいという地方中小私鉄の必死の経営戦略でもある。
駅のホームページを作っている林檎乃麗としては、
出来ればこの駅も是非取材したい。
そこで1泊2日で出雲市、米子、鳥取の3駅を中心に日程を考えることにする。
いろいろと調べていく内に、
出雲空港はJASのみ、鳥取空港はANAのみということが分かり、
仕方がないので今回の旅行では初めて行きと帰りで航空会社を変えることにした。
またせっかく出雲市まで行くのだから、
出雲大社は一度観ておかなければなるまい。
そこで旅行の予定を以下のように決定した。

 3月6日土曜日

08:00羽田空港−JAS271便−09:30出雲空港
09:40出雲空港−松江一畑タクシー(バス)−10:11松江しんじ湖温泉
10:38松江しんじ湖温泉−一畑電車−10:43ルイス・C・ティファニー庭園美術館前
11:37ルイス・C・ティファニー庭園美術館前−一畑電車−12:20川跡
12:21川跡−一畑電車−12:32出雲大社前
 ※出雲大社取材
15:42出雲大社前−一畑電車−15:53川跡
15:56川跡−一畑電車−16:05電鉄出雲市
16:35JR出雲市−普通140D−17:56米子

 3月7日日曜日

07:30−08:10米子駅取材
08:10−10:10入場券で入場、米子駅構内取材
 08:11-08:16スーパーまつかぜ1号
 08:20-08:23スーパーまつかぜ4号
 08:42-08:44やくも8号
 09:09-09:11サンライズ出雲
 09:26-09:47出雲
 09:34-09:35やくも1号
 09:44-09:52スーパーまつかぜ6号
 09:52-10:02スーパーやくも10号
 09:57 スーパーおき3号
10:10-10:50米子駅取材
10:54米子−とっとりライナー3422D−11:16下市
11:34下市−普通239D−11:39御来屋
12:02御来屋−普通240D−12:44倉吉
12:54倉吉−スーパーまつかぜ8号−13:21鳥取
13:21−14:00鳥取駅構内取材
13:30-13:32スーパーはくと8号
 13:37(始)スーパーおき5号
 13:49-13:50スーパーはくと5号
 13:50(始)若桜鉄道1337D
14:00−15:00鳥取駅取材
15:00鳥取駅−バス−15:20鳥取空港
16:10鳥取空港−ANA298便−17:20羽田空港

ところがこの旅行計画も再び幻となってしまうのである。

2004/01/07 23:07


  3.サードミッション

今回は1月1日になって思い立って企画したために、
JALグループのバーゲンフェアもANAの超割も正規の申し込み区間になってしまった。
両者ともマイレージクラブの会員になっているため、
正規の受付区間に先行して、会員先行受付も出来るのである。
これは事前に申し込みを予約しておき、
一般申し込みが始まった段階で先行して予約されるというもの。
しかしこれは12月に既に閉めきりになってしまっていたため、
正規の申し込み開始日、1月5日月曜日になって申し込みをした。
だが、正規申し込みは先着順に受付をするため、
申し込み開始の9:30a.m.は会社にいる時間で、
早めに帰ってホームページにアクセスした時は、
3月6日土曜日の羽田空港−JAS271便−出雲空港も、
3月7日日曜日の鳥取空港−ANA298便−羽田空港も、
既に満席になってしまったのである。
とほほ・・・。
これには正直云って参った。
こういうこともあるのではないかと思ったが、
案の定、思った通りのチケットを取ることが出来なかった。
一端はこの旅行計画そのものを諦めようかと思ったが、
その後、他の空港の状況などを見ていって、
ANAの3月7日、米子15:40発の羽田行きならまだ3席残っていることを知り、
山陰地方の空港の状況を調べていくと、
3月6日も岡山便ならまだ空席があることが分かった。
そこで仕方がないのでこれらの便を予約する。
3月6日土曜日、08:10羽田空港−ANA651便−09:30岡山空港。
3月7日日曜日、15:40米子空港−ANA818便−16:55羽田空港。
これは何時ものようにチケットレス、カード決済する。
また同時に座席も事前予約を入れる。
この空路に合わせて旅行予定も、岡山から特急「やくも」で出雲市入りし、
出雲市で一泊して翌日米子から帰るルートに計画変更する。
岡山は去年3月の旅行で行ったが、
JR岡山駅での鉄道取材はかなりエキサイティングだったので、
Canon EOS 10Dでもう一度車両取材をすることにして、
それを含めて計画を立て直す。

 3月6日土曜日

08:10羽田空港−ANA651便−09:30岡山空港
09:50岡山空港−中鉄バス−10:26JR岡山駅
 ※10:43 MOMO岡山駅前電停
11:10−13:00入場券で入場、岡山駅構内取材
 11:13(始)スーパーいなば3号(14)
 11:21(始)スーパーやくも9号(8)
 11:22(始)しおかぜ9号(13)
 11:52(始)南風9号(13)
 12:22(始)しおかぜ11号(13)
 12:23(始)やくも11号(8)
 12:52(始)南風11号
13:21岡山−スーパーやくも13号−16:15出雲市
16:30ビジネスホテルながたチェックイン
16:40電鉄出雲市−一畑電車−16:49川跡
16:51川跡−一畑電車−17:02出雲大社前
 ※出雲大社見学
19:18出雲大社前−一畑電車−19:29川跡
19:32川跡−一畑電車−19:41電鉄出雲市

 3月7日日曜日

06:30起床、朝食
08:00ビジネスホテルながたチェックアウト
08:34電鉄出雲市−一畑電車−09:25ルイス・C・ティファニー庭園美術館前
09:49ルイス・C・ティファニー庭園美術館前−一畑電車−10:31川跡
10:32川跡−一畑電車−10:41電鉄出雲市
10:45特急券で入場、出雲市駅構内取材
 10:46-10:48スーパーおき3号
 10:57(着)寝台特急「出雲」
11:10出雲市−スーパーやくも11号−11:56米子
 12:17-12:18スーパーまつかぜ3号
 12:23スーパーまつかぜ8号
13:03米子−とっとりライナー−13:21御来屋
13:50御来屋−普通245D−14:18米子
14:30米子駅バスターミナル−日の丸バス−14:55米子空港
15:40米子空港−ANA818便−16:55羽田空港

この予定に沿って1月9日にネットから、
「ビジネスホテルながた」のホームページにアクセスし、
3月6日から1泊の予約を入れる。
即日メールで返事が来て予約は完了した旨を伝えてくる。

「送信者: "ビジネスホテルながた" <hotel-nagata@hotel-nagata.co.jp>
 宛先: <ez9t-sn@asahi-net.or.jp>
 件名 : Re: 予約
 日時 : 2004年1月9日 23:56

御予約頂きまして誠に有り難うございます。
××様のご到着を、お待ちしております。
ビジネスホテルながた 支配人永田浩次

> --------------------------------------------------------------------------
>
> Day: 2004/03/06
> Name: ××××
> TEL: 043-×××-××××
> シングル: ON
> シングル部屋数: 1
> シングル人数: 1
> シングル泊: 1
> 到着: PM4:00〜PM6:00
>
> --------------------------------------------------------------------------」

2004/01/09 22:08


  4.MOMO

そして当日、3月6日土曜日、旅行一日目。
この日は朝から雨が降っていて思ったよりも天気が悪かった。
時折音を立てて降ったりしたものの、
小雨になった時を見計らって駅まで行く。
折り畳みの傘は持ったものの、
機動力を確保するためにはなるべく傘は持ちたくない。
そういう思いがあったのであえて傘を差さずに駅まで行く。
05:44幕張発のお茶の水行きで秋葉原へ。
06:25に秋葉原に着き、ここで06:30京浜東北線で浜松町へ行く。
ここで東京モノレールに乗り換えて羽田空港へ向かう。
今回初めて完成した連絡通路を使った。
しかもSuica対応でほとんど立ち止まることなくモノレールのホームに行ける。
羽田空港でクレジットカードで発券し、
手荷物検査を通過してANA FESTA羽田16番ゲート飲食店で、
崎陽軒のシウマイ弁当710と生茶\150買い、ベンチで喰う。
そしてANA651便で岡山を目指す。
羽田を08:10に出発し、09:30に岡山空港に到着する。
羽田を飛び立つ時には小雨だったが、
雲の上に出ると当然のことながら快晴だった。
ずっとドンヨリとした天気ばかり見ていたので日差しが眩しかった。
丁度快晴のスキー場にいるみたいだった。
岡山では快晴だった。
空港から岡電空港リムジンバスでJR岡山空港に行く。
運賃は\680。
予定では中鉄バスを使うつもりだったが、岡電にした。
同じルートに二つのバス会社がリムジンバスを出しているために競争があり、
岡電バスではスタッフが呼び込みをして、
しかも帰りも利用してもらおうとティッシュ入りののりば案内図に、
時刻表を添付してバスの入り口で配っていた。
バスの中は直射日光でポカポカだったが、
バスを降りてみると気温が低く寒かった。
旅行バッグをコインロッカーに入れ、岡山市電を取材する。
ここは前にも取材したが、
今回はちゃんと事前にホームページでMOMOの時間を調べてある。
前回はちゃんと写真が撮れなかったので、
今回はMOMOの時間に合わせて取材をした。
MOMOは岡山市電に投入された超低床式路面電車9200形の愛称で、
シルバーメタリックの車体にブルーがアクセントとして使われ、
車内は外見と違って木目を基調としている。
全国の路面電車は生き残りをかけて、
超低床式の車両を試験的に導入している。
岡電ではこの“MOMO”がその目玉である。
今回は十分に取材できた。
そのほかにも7000形や8000形などを取材、
11:00a.m.になって今度は入場券を購入して、JR岡山駅構内で取材を開始する。

2004/03/07 23:09

※写真:岡山駅前の岡山市電9200形「MOMO」 撮影時刻 2004/03/06 10:54:29


  5.お腰に付けた、吉備団子

JR岡山駅は去年3月にやはり入場券を使って2時間、
たっぷりと取材していたが、
今回も同じくエキサイティングな取材が出来た。
今回の目玉は瀬戸大橋線を通って高松までを結ぶ、
快速「マリンライナー」に新しく投入された車両である、
JR四国の5000系+JR西日本223系500番台である。
これは去年10月1日のダイヤ改正より213系の置き換えとして、
高松方3両がJR四国、岡山方2両がJR西日本の車両を使用した快速用車両で、
特に高松方1両目はダブルデッカーのグリーン車にになっている。
これは5100形と呼ばれ、
全6編成のうち、5101〜5103がブルーの、
5104〜5106がレッドの外版ラインを施されている。
このほか、JR四国2000系「しおかぜ」アンパンマン列車ばいきんまん号、
JR四国113系リニューアル車(クハ112-3)、
キハ187系500番台「スーパーいなば」、
381系「やくも」、
381系「スーパーやくも」、
115系1000番台、
117系快速「サンライナー」、
213系普通車、
JR四国N2000系「南風」、
津山線キハ47形、
吉備線キハ40形、
伯備線105系、
100系新幹線塗色変更車、
700系新幹線「のぞみ」、
500系新幹線「のぞみ」、
JR四国8000系「しおかぜ」、
JR四国2000系「南風」、
JR四国115系「こんぴら号」、
EF210型電気機関車など取材する。
1:00p.m.前に入場券で改札を一度出て旅行バッグをコインロッカーから出し、
売店で「元祖黒糖きびだんご10個入り」\320を購入する。
途中で猿や犬や雉と会ったら家来にするためである。
そして事前に購入していたスーパーやくも13号の指定特急券で再入場する。

2004/03/08 22:25

※写真:岡山名物桃太郎の祭ずし 撮影時刻 2004/03/06 13:37:50


  6.雪の出雲

ホームの駅弁売りから「桃太郎の祭ずし」\950を購入し、
自販でNESTEA茶葉茶500ml\150を買い、
13:21岡山発のスーパーやくも13号に乗り込む。
「スーパーやくも」は先頭車に展望車タイプのグリーン車を接続しているが、
この編成は普通の国鉄型の先頭形状だった。
所謂“月光型”と呼ばれるものである。
164分の長旅で出雲市へ向かう。
新幹線の接続を待って発車したため少し遅れた。
思った以上に混雑していた。
特急「スーパーいずも13号」は岡山を出て山陽本線を倉敷まで行き、
伯備線に入って新見に停車、そのまま米子まで行き、
山陰本線の松江、玉造温泉と停まって16:15に出雲市に着く。
弁当を喰ったら急に眠くなってそのまま爆睡する。
目が覚めたら外は雪だった。
途中で猿や犬や雉に会うこともなかったので、
買った黒糖きびだんごを喰う。
当初の予定では出雲市で特急スーパーいずもを下車した後、
予約を入れておいた「ビジネスホテルながた」に一端チェックインし、
荷物を置いて一畑電車で出雲大社に行くことになっていたが、
雪でホテルまで行くのが大変そうだったので、
チェックインせずに出雲大社まで行くことにした。
電鉄出雲市駅に行って携帯でホテルに到着時間が遅れる旨を伝え、
コインロッカーに荷物を入れて一畑電車に乗る。
16:40電鉄出雲市発で川跡まで行き、ここで乗り換えて出雲大社前に行く。
17:02に出雲大社前に着く。
駅取材後、出雲大社まで歩く。
本当は雪が降っていたので途中までで帰ろうと思っていたが、
鳥居の前まで行くと雪が多少小降りになってきたので、
そのまま鳥居をくぐることにしたのだ。

2004/03/08 22:59

※写真:雪の出雲大社 撮影時刻 2004/03/06 17:23:17


  7.出雲大社と大国主命 Part.1

出雲大社は一畑電鉄出雲大社前駅を下りて徒歩5分の距離である。
鳥居をくぐると下り坂になっていて、
その右側には幸魂奇魂(さきみたま くしみたま)の銅像が、
左側には因幡の白ウサギの銅像が建っている。
幸魂奇魂は古事記や日本書紀の記述にあるエピソードに由来していて、
それは以下の通りに書かれている。
「時に海を照して依り来る神あり
 吾在るに由しての故に汝その國
 造りの大業を建てつるを得たり
 吾は汝が幸魂奇魂なり
 大國主神これ吾が幸魂奇魂なり
 けりと知りぬ」
これによって大国主命は「結びの神」になったという。
ここを過ぎるとまた鳥居があり、
右側に神こ殿、左側に庁舎がある。
「神こ殿」の「こ」はしめすへんに「古」と書くが、
標準漢字にはないためここでは表記できない。
そして中央には拝殿がある。
通常の参拝客はここで参拝をする。
注連縄が締められ、その下に賽銭箱が置かれている。
その奥には本殿があるが、弊に囲まれていてその姿は見ることが出来ない。
辛うじて檜皮葺の屋根を見ることが出来る。
この本殿の中には大国主命の御神座がが太陽の沈む西を向いて設置されている。
この本殿は「大社造り」と呼ばれる日本最古の神社建築の様式で、
現在では1744年(延享元年)に造営された高さ八丈(約24m)のものだが、
創設当時は倍の十六丈(約48m)もあったと云われ、
「雲に分け入る千木」と云われていたという。
拝殿の裏には古代神殿心御柱の実物大の模型が設置してある。
しかしこの出雲大社はいったい誰が造ったのだろうか。
出雲大社のホームページには、
「神殿成立の記録上の上限としては、
斉明天皇5年(659)に「厳神之宮(いつかしのかみのみや)」として
神殿を修したことがみえます。」とある。
大化の改新が645年だから、
そのころには既に出雲大社があったことになる。
十六丈(約48m)の「雲に分け入る千木」が本当かどうかは分からないが、
それにしてもそれに近いものを当時の建築技術を集めて造ったのは確かである。
何故そんなものを造ったのか。
東大寺の大仏殿ですら十五丈というのに、
それ以上の高さのものを造ったというのが凄いことである。
しかし何故「出雲」なのだろうか。
当時の大和朝廷があった場所ではなく、
何故遠く離れた「出雲」だったのだろうか。
それは大国主命とはどういう神様だったのかを探ることで、
自ずと答えが出てきそうな気がする。

2004/03/13 17:25

※写真:幸魂奇魂に祈りを捧げる大国主命 撮影時刻 2004/03/06 17:29:20


  8.出雲大社と大国主命 Part.2

大国主命(おおくにぬしのみこと)は「だいこくさま」として慕われる神であり、
出雲大社では「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」として奉られている。
国家を開墾し、農耕、漁業、殖産の法を教え、
また医道を始めた神として信仰されている。
また結びの神として、幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)として、
幽冥(かくりよ)の神として人々の霊魂をも治めている神でもある。
しかしこれは出雲大社での見方である。
では日本の神話上ではどういう位置にいる神なのであろうか。

古事記、日本書紀では、
日本は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)によって、
その森羅万象を治める神が造られたとされている。
火の神を産んで黄泉の国に行ったイザナミを追って冥界に行ったイザナギが、
冥界の汚れを落とすために行った禊ぎから生まれた神々のうち、
最後の禊ぎから生まれた三柱の神が、
天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つくよみのみこと)、
そして素戔嗚尊(すさのおのみこと)である。
狼藉が過ぎたスサノオは高天原(神々の住む天界)を追われて地上に降り、
そこで八岐大蛇(やまたのおろち)に生け贄になる筈だった櫛名田比売(くしなだひめ)を救い、
そのふたりの子孫が大国主命である。
大国主命は出雲の国を手中に収めると、伯耆(ほうき)、因幡(いなば)を征服、
更に播磨(はりま)、越の国、信濃へも勢力を伸ばしていった。
この様子は神話上では「国引き」として記せられている。
伯耆、因幡は現在の島根県、播磨は現在の兵庫県である。
この大国主命は因幡の白ウサギで有名だが、
この神話も「国引き」、つまり勢力を伸ばしてこの地の姫を后にしたことに起因するのだろう。
そして大国主命が巨大な国家をつくると、
天照大神は葦原中国(あしはらなかつくに)、つまり人間の住む地上界は、
アマテラスの子孫が統治するのが正しいと云いだし、
その孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が降臨してきて、
大国主命は邇邇芸命に国を譲って出雲大社でお隠れになった。
“お隠れ”などというと聞こえがよいが、つまりは死んだのである。
邇邇芸命は木花之佐久夜比売(このはなさくやひめ)と結ばれ、
木花之佐久夜比売が産んだ三兄弟の火照命、火須勢理命、火遠理命のうち、
火遠理命(ほおりのみこと)は海神の娘、豊玉彦命(とよたまひめのみこと)と結ばれ、
その子が鵜草葦不合命(うがやふきあへず)で、
玉依毘売(たまよりびめ)とむすばれて四子を儲け、
その末子が神倭伊波毘古(かむやまといわれびこ)、つまり神武天皇なのである。
つまり大和朝廷は大国主命から日本の領土を譲って貰ったということになる。

2004/03/13 20:02

※写真:出雲大社拝殿 撮影時刻 2004/03/06 17:41:25


  9.出雲大社と大国主命 Part.3

大国主命から日本を譲って貰った大和朝廷はその見返りに、
幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)として幽冥(かくりよ)の支配を任せる。
つまり死後の世界を支配権を大国主命に譲り、
現世の支配権を得たというわけである。
これは神話上の“きれいごと”で、
その実は出雲地方の豪族を他の地方、多分九州から流れてきた大和朝廷が破り、
この出雲を含めた近畿地方の支配権を得たのではないだろうか。
大国主命が実在の人物かどうかは定かではないが、
出雲の国を支配していた豪族をモデルとしてつくられたのではないかと考える。
そうでなければ出雲大社が日本で一番立派な建物になったわけがない。
つまり大国主命を霊界に閉じこめ、
出雲大社という現世と幽冥を結ぶ次元回廊に、
注連縄を張って封印したのだろう。
あの巨大な注連縄の意味もこう考えれば説明が着く。
そして本殿の御神座が正面ではなく太陽の沈む西を向いているのも、
現世の人々ではなく、太陽の沈んだ場所、つまりは死後の世界を見せる意味があるのだ。
大国主命は悲劇の神であり、
それ故に出雲大社のもつ霊験灼かな雰囲気にも頷ける。

雪の中を出雲大社を後にして一畑電鉄出雲大社前駅まで戻る。
しかし電車は出たばかりでまだだいぶ時間があるため、
出雲大社とは反対側の鳥居の写真を撮りに行く。
ここまで行ってここから更に600m先に旧JR大社駅があることを知り、
そこまで歩いていく。
駅舎がそのまま残され、ホームも健在でホームの間には線路も残っている。
そしてホームには蒸気機関車D51型774号機が設置されている。
このD51型774号機は本州を営業走行した最後のデゴイチである
ここから出雲大社前駅まで歩いて戻り、
松江しんじ湖温泉行きにぎりぎり間に合う。

2004/03/13 20:24

※写真:旧大社駅の蒸気機関車D51形774号機 撮影時刻 2004/03/06 18:21:17


  10.出雲の夜と朝

一畑電鉄出雲大社前から川跡まで行き、ここで乗り換えて電鉄出雲市まで行く。
駅から下りて予約してあった「ビジネスホテルながた」に向かったが、
ホテルの地図をプリントアウトするのを忘れ、
歩いて探すが場所がよく分からなかった。
イメージとしては高いビルを思っていたのだが、
実際は4階建てだった。
さんざん歩いて探したが分からなかったので、
携帯で電話してホテルのフロントに場所を訊き、漸く到着する。
部屋で着替えてホテル内のレストラン「和(やわらぎ)」で夕食を取る。
本当は外に食べに出るつもりだったが、
雪が激しくてとても外に出る気にはなれない。
生姜焼き\600、定食セット\400。
生姜焼きは量も多く、また御飯に味噌汁、小鉢、フルーツが着く。
部屋に戻って自販機でビールとつまみを買い、風呂に入る。
ホテルに泊まった時は面倒なので何時もシャワーで済ましてしまうのだが、
今日は雪で冷え切った体を解したいために浴槽に湯を張って入る。
狭くて屈むのが一杯だったが、それでも体が解れていくのが分かる。
風呂から出てビールを飲み、6:20a.m.にモーニングコールをセットして寝る。
結局夜はホテルから一歩も出なかった。

翌朝は6:20a.m.に起床してシャワーを浴び、
ホテル内のレストラン「和(やわらぎ)」で朝食を取る。
洋食と和食が選べ、洋食を選択する。
トースト、コーヒー、オムライス、鶏の唐揚げ、マカロニサラダ、生野菜、トマト、味噌汁。
スープ皿に入っていたが、飲んでみるとどう考えても味噌汁だった。
8:00a.m.前にホテルをチェックアウトし、
コインロッカーに旅行用鞄を預けてJR出雲市駅と電鉄出雲市駅を取材する。
昨日一晩雪が降り続いたおかげで、積雪は約10cmにもなり、歩くのも難儀だった。
それでもきちんと駅取材をすませ、08:34発の一畑電車に乗り込む。

2004/03/13 20:45

※写真:ホテルの窓から見た雪の積もる出雲 撮影時刻 2004/03/07 07:29:53


  11.日本で一番長い名前の駅“ルイス・C・ティファニー庭園美術館前”

一畑電気鉄道は電鉄出雲市から松江しんじ湖温泉を結ぶ北松江線と、
川跡から出雲大社前を結ぶ大社線とからなる。
北松江線は33.9km、22駅、大社線は8.3km、川跡を含めて5駅である。
今回は松江しんじ湖の一つ手前のルイス・C・ティファニー庭園美術館前に行く。
この駅はその名の通り、ルイス・C・ティファニー庭園美術館の最寄り駅で、
それ以外にはほとんど利用価値のない無人駅ではあるが、
この駅は日本で一番長い名前の駅として有名なのである。
「Station−駅から始まる物語」を主催している林檎乃麗としては、
この駅は抑えておきたい。
そのために片道約1時間かけてこの駅に行くことにした。
雪は小降りにはなったものの、まだ降り続いていて、
しかも車窓はずっと雪景色だった。
乗ったのは5000系で、
松江しんじ湖から出雲大社間を直通する「出雲大社号」用の車両である。
この車両は2両編成で天井に出雲に関する神話が切り絵風に描かれている。
一畑鉄道北松江線は一畑口駅でスイッチバックする。
つまり逆方向に走るのである。
北松江線は宍道湖の北側を走る路線だが、
一畑口は少し内陸部にあるためにこういう線形を描かざるを得なかった。
5000系はクロスシート車なのでこの駅でシートの向きを変えなければならない。
みんな面倒なのでそのままにしている人も多いが・・・。
08:34に電鉄出雲市を出て、09:25にルイス・C・ティファニー庭園美術館前に着く。
駅名表示板には「日本一長い駅名です。(2001.4.28.現在)」と書かれている。
この駅の取材時間は24分間。
島式のホームがあるだけの駅なので駅取材はあっという間に終わってしまうが、
折角なのでルイス・C・ティファニー庭園美術館も取材しておきたい。
そこで国道431号をエレベーターと屋根の着いた横断歩道で越え、
美術館の正面玄関の写真だけ撮ってくる。
再びルイス・C・ティファニー庭園美術館前に戻り、
松江しんじ湖駅で折り返してきた同じ電車に乗る。
この電車は「出雲大社号」として出雲大社前に直通する。
そのため、川跡で乗り換えて、電鉄出雲市に帰る。
乗り換えた3000系を取材してJR出雲市駅へと急ぐ。
3000系は元南海電車21000系で、独特の丸みを帯びた前面形状が特徴的。
JR出雲市駅に乗り込んで始めて気付いたが、
コインロッカーに旅行用鞄を入れっぱなしで改札を越えてしまった。
そこで予定していた「スーパーおき3号」の取材後、
駅員に事情を説明して改札を出てコインロッカーで鞄を取り出してから再び入場する。

2004/03/14 00:59

※写真:ルイス・C・ティファニー庭園美術館前駅 撮影時刻 2004/03/07 09:37:17


  12.山陰最古の駅舎“御来屋”

出雲市駅で「スーパーおき3号」を取材し、
一端改札の外に出て旅行用鞄を取ってから再び入場し、
既に入線していた「スーパーやくも11号」に乗り込んで鞄を置き、再び写真を撮る。
国鉄時代の塗色を再現したキハ47型や、
入線してきた寝台特急「出雲」を牽引してきたDD51型ディーゼル機関車など。
この後スーパーやくも11号で米子に向かう。
11:10に出雲市を出て、11:56には米子に着く。
少し早いが車中で昼食を取ろうと思っていたが、
車内販売は米子から開始するということで車中では昼食には有り付けず。
米子で駅取材し、
駅舎内にある「吾左衛門」で昼食、天ぷらうどん+いなり\510。
この「吾左衛門」は蕎麦屋と寿司屋が一緒になった店で、
そば・うどんは\360で、天ぷらになると\480。
これに単品のいなり2個\130を加えたセットメニューで\510になる。
天ぷらは海老、人参、薩摩芋、獅子唐等でかき揚げではない。
ここで再び車両取材する。
キハ47型気動車、
キハ187系「スーパーまつかぜ」、
キハ126系、
EF64型1000番台電気機関車、
キハ65系800番台「だいせん」等。
車両取材後に13:03のとっとりライナーで御来屋に向かう。
御来屋は山陰で最古の駅舎を有する駅で、
この駅も「Station−駅から始まる物語」を取材する林檎乃麗としては見逃せない。
雪の影響でとっとりライナーは5分ほど遅れていた。
御来屋駅は補強工事が施されているものの、
開業当時の面影がまだ残っている駅舎で、駅にもその事が書かれている。
「 ようこそ 山陰最古の駅・御来屋へ
 明治の文明開化とともに、全国で鉄道施設を求める声が高まっていた中、
 待望の陸蒸気(おかじょうき=SL)が境港〜御来屋間を走ったのは、
 明治三十五(一九〇二)年十一月一日。
 明治五(一八七二)年に新橋〜横浜間に日本で最初の鉄道が施設されてから、
 三十年目のことでした。
  当時の運賃は、境港〜御来屋間が三十八銭(当時コーヒー一杯二銭)で、
 約一時間三十分かけて走りました。
 境港〜御来屋間が山陰地方で最初の工事期間になった理由は、比較的平坦地で、
 現在の名和町富長に大山軍馬補充部があったためだと言われています。
  以来百年、鉄道開業当時の駅舎が老朽化による立て替えで次々と消えていく中、
 御来屋駅の木造平屋建ての駅舎は、明治期の建築様式を現在に伝える貴重な存在です。
 特に、駅舎内の荷物受け渡し台、切符の券売台や窓枠などは、
 時の面影を色濃く残しています。
  山陰鉄道発祥百年にあたり、先人が伝えてきたこの貴重な遺産を次世代に継承すべく、
 駅舎の整備を行いました。この駅舎が皆様に愛され、
 大切にご利用いただき、すべての方にとって、
 いつまでも『ほっとする空間』でありますように願っております。」
駅舎を出て日本海まで行って海の様子を写真に撮り、
13:50普通245Dで米子に戻り、12分の乗り換えで日の丸バスで米子空港に行く予定だった。
しかしこの予定は脆くも崩れ去るのである。

2004/03/14 01:58

※写真:御来屋の冬の海 撮影時刻 2004/03/07 13:44:53


  13.アクシデント

積雪に苦労しながらも海の取材を終えて慌てて御来屋駅まで戻り、
13:50発の普通列車を待っていた。
しかし予定の時間になっても列車は来ない。
米子から御来屋まで来る時も5分ほど遅れていたから、
やはり下りも遅れているのだろうとその時は甘く考えていた。
しかし幾ら待っても来ない。
結局下り列車が来たのは14:10になっていた。
約20分遅れである。
そのため米子に着いた時には既に空港行きのバスの発車時間を過ぎていた。
仕方がないのでタクシーで米子空港まで行くことにする。
タクシー代は\3,590だった。
とほほ・・・。
雪の影響で特急が遅れていたのは知っていたが、
そのため在来線は更に遅れてしまっていたのだ。
山陰本線は単線区間のため、どうしても特急を優先する。
それで予定外に特急を待避しなければならない。
特急を待避できる駅は決まっているので、
先を急ぐわけにも行かないのだ。
そのため20分の遅れになってしまったのだろう。
タクシーを飛ばしたために何とか予定していた飛行機には乗ることが出来た。
15:40米子空港発のANA818便で羽田空港に向かう。
まだ明るい時間だったので、窓からは外の景色を見ることが出来た。
渥美半島もくっきりと見えた。
当然のことながら、地図と全く同じ形をしていた。
羽田に着いたのは16:55で、時間があったので屋上に上がって飛行機の写真を撮った。
日が沈むまで写真を撮り続けていた。
帰りは京浜急行で品川まで行き、総武快速線直通の横須賀線で帰ってくる。

 −取材記録−

2004.3.6._1 撮影 451 保存 77
2004.3.6._2 撮影 68  保存 19
2004.3.7.   撮影 388 保存 72

 合計    撮影 907 保存 168 

2004/03/14 02:18

※写真:夕日に映える富士山が見える羽田空港 撮影時刻 2004/03/07 17:28:23





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