葉月関西純情物語



  1.幻の代替案の復活とスルッとKANSAI3dayチケット

2006年夏休みの旅行として北海道2泊3日を7月に計画した。
しかしJALもANAもチケットを入手することが出来ず、
その代替案としてスルッとKANSAIの3dayチケットを利用した関西圏取材を考えた。
「スルッとKANSAI」は関西の大小私鉄が参加する協議会で、
会員会社間で自由に使用できるプリペイドカードが発行されている。
これは関東の「パスネット」の関西版と考えて良い。
しかもスルッとKANSAIでは更に大阪周遊パスや2dayチケット、3dayチケットなど、
いろいろな企画のプリペイドー度を発行している。
大阪周遊パスは大阪府内の会員会社の乗り放題カードで、
更に拡大エリア版は大阪府内にプラスして、各会社の全エリアが利用できるもので、
南海版なら大阪府内と南海の全路線という感じになる。
また2dayチケットは大人\3,800でほぼ全エリアを利用できるカードである。
3daysチケットは価格\5,000で同じくほぼ全エリア利用可能だ。
北海道旅行の代替案として大阪を中心とした関西圏内の私鉄取材を、
スルッとKANSAI3dayチケットを使用して行おうとしていた。
これに合わせて「超割」で7月21日金曜日の羽田発関空着のANA141便と、
7月23日日曜日の伊丹発羽田着のANA034便も予約を入れた。
しかしこの時はエアドゥとスカイマークエアラインズでチケットを入手し、
北海道旅行を強行したために関西旅行代替案は幻となってしまった。
しかし7月の旅行では計2日ある夏期休暇の1日分を使ったに過ぎない。
残りの1日分の権利を8月に使用して、
幻となった関西圏私鉄取材の旅を再び計画することにした。
8月の最終金曜日である25日に所定休日(夏期休暇)を取り、
25日金曜日から27日日曜日までの2泊3日で関西旅行を計画した。
この期間は「超割」期間ではないため、
今回は初めて「旅割」を使用することにした。
「旅割」はANAが提供する国内線の割引チケットで、
割引率は「超割」には適わないが、期間の指定がないのが魅力である。
早速ANAのホームページから「旅割」で予約を入れ、同時にクレジット決済した。

8月25日金曜日 07:35羽田空港−ANA141便−08:50関西空港
8月27日日曜日 18:00伊丹空港−ANA036便−19:10羽田空港

また大阪では定宿としている(というほど使ってはいないけれど)、
ヴィアイン新大阪にホームページ経由で予約を入れた。
8月25日より2泊で禁煙シングルルームを予約した。
7月30日日曜日にビックカメラ・カメラ専門館の撮影会に行った帰りに、
びゅうプラザ池袋西口へ行き、3dayチケットのクーポン券\5,000を購入した。
これで当日、関西空港で3dayチケットに交換すれば3日間利用できる。
今回の計画は大阪に宿を取り、
3dayチケットのエリアを内を神戸、奈良、京都と移動して車両取材と駅取材する。
奈良は去年12月の1泊2日の旅行で計画していながら、
直前でパソコンが故障して計画が立てられずに断念した場所で、
今回はリベンジ取材となる。
また京都は前回取材した嵐電と以前取材した京阪石山坂本線の取材をする。
神戸は三宮から直通する山陽電鉄も含め、新幹線駅の取材をする。
8月4日から“駅から時刻表”を使って綿密な計画を立て、
計画が完成したのは8月23日の深夜だった。

8月25日(金)

05:15幕張−総武緩行線・上り501B(40)−05:55秋葉原[6]
06:01秋葉原−京浜東北線・南行き567A(10)−06:11浜松町[19]
06:30浜松町※−東京モノレール・快速C0613(19)−06:49羽田空港[46]
07:35羽田空港−ANA141便(75/1:15)−08:50関西空港[24]
 ※クーポン券引き替え→3dayチケット
09:14関西空港※−南海本線・上り・空港急行2126(32)−09:46羽衣[20]
 ※JR阪和線東羽衣駅取材
10:06羽衣−南海本線・上り6168(2)−10:08浜寺公園[44]
 ※阪堺電気軌道浜寺駅前電停取材
10:52浜寺公園−南海本線・上り7002(32)−11:24難波[17]
11:41なんば−大阪市営御堂筋線198(8)−11:49梅田[21]
 ※コインロッカー使用
12:10梅田※−阪急神戸本線・下りK1203(27)−12:37三宮[46]
13:23三宮−神戸市営地下鉄山手線156(2)−13:25新神戸[16]
13:41新神戸−神戸市営地下鉄山手線177(2)−13:43三宮[15]
13:58三宮−神戸高速東西線K1307(4)−14:02高速神戸[9]
14:11高速神戸※−神戸高速東西線S1423(116/1:56)−16:07山陽姫路[53]
17:00山陽姫路−山陽電鉄本線H9170(91/1:31)−18:31梅田[15]
 ※コインロッカー
18:46梅田−大阪市営御堂筋線480(6)−18:52新大阪
 ※ヴィアイン新大阪チェックイン

8月26日(土)

 ※ヴィアイン新大阪アウト
07:51新大阪−大阪市営御堂筋線51(10)−08:01淀屋橋[14]
08:15淀屋橋※−京阪本線・特急C0802Z(51)−09:06三条[18]
09:24三条京阪−京都市営東西線・六地蔵方面72(21)−09:45浜大津[41]
10:26浜大津※−京阪京津線・御陵方面1003(23)−10:49京都市役所前[4]
10:53京都市役所前−京都市営烏丸線・竹田方面81(58)−11:51近鉄奈良[22]
 ※近鉄奈良−徒歩15分−JR奈良
13:13奈良※−JR桜井線・下り1549S(16)−13:29天理[18] \200
13:47天理※−近鉄天理線・上り1392(25)−14:12大和西大寺[6]
14:18大和西大寺−近鉄奈良線1430(10)−14:28生駒[32]
15:00生駒−近鉄けいはんな線・下り4406(4)−15:04白庭台[15]
15:19白庭台−近鉄けいはんな線・下り4402(2)−15:21学研北生駒[15]
15:36学研北生駒−近鉄けいはんな線・下り4407(3)−15:39学研奈良登美ヶ丘[29]
16:08学研奈良登美ヶ丘※−近鉄けいはんな線・上り1605(48)−16:56大阪港[39]
17:35大阪港−大阪市営中央線・長田方面4709(11)−17:46本町[5]
17:51本町−大阪市営御堂筋線・江坂方面406(11)−18:02新大阪
 ※ヴィアイン新大阪イン

8月27日(日)

 ※ヴィアイン新大阪チェックアウト
 ※コインロッカー使用
07:51新大阪−大阪市営御堂筋線51(7)−07:58梅田[17]
08:15梅田※−阪急京都本線・上り(38)−08:53大宮[17]
09:10四条大宮※−京福嵐山本線・嵐山方面39(5)−09:15三条口[10]
09:25三条口−京福嵐山本線・嵐山方面41(4)−09:29蚕ノ社[10]
09:39蚕ノ社−京福嵐山本線・嵐山方面43(2)−09:41太秦[10]
09:51太秦−京福嵐山本線・嵐山方面45(2)−09:53帷子ノ辻[3]
09:56帷子ノ辻−京福嵐山北野線・北野白梅方面43(2)−09:58常盤[10]
10:08常盤−京福嵐山北野線・北野白梅方面45(1)−10:09鳴滝[10]
10:19鳴滝−京福嵐山北野線・北野白梅方面47(2)−10:21高雄口[10]
10:31高雄口−京福嵐山北野線・北野白梅方面49(1)−10:32御室[10]
10:42御室−京福嵐山北野線・北野白梅方面51(1)−10:43妙心寺[10]
10:53妙心寺−京福嵐山北野線・北野白梅方面53(1)−10:54竜安寺道[10]
11:04竜安寺道−京福嵐山北野線・北野白梅方面55(1)−11:05等持院[10]
11:15等持院−京福嵐山北野線・北野白梅方面57(2)−11:17北野白梅町[84/1:24]
12:41北野白梅町※−京福嵐山北野線・帷子ノ辻方面(11)−12:52帷子ノ辻[11]
13:03帷子ノ辻−京福嵐山本線・嵐山方面73(2)−13:05有栖川[10]
13:15有栖川−京福嵐山本線・嵐山方面75(2)−13:17車折[10]
13:27車折−京福嵐山本線・嵐山方面77(1)−13:28鹿王院[10]
13:38鹿王院−京福嵐山本線・嵐山方面79(1)−13:39嵯峨駅前[10]
13:49嵯峨駅前−京福嵐山本線・嵐山方面81(2)−13:51嵐山[35]
 ※車両取材
14:36嵐山−京福嵐山本線・四条大宮方面102(21)−14:57四条大宮[5]
15:02大宮−阪急京都本線・上り14030(4)−15:06河原町[10]
15:16河原町−京阪本線・上りQ1308Z(10)−15:26出町柳[11]
15:37出町柳−京阪本線特急・下りC1507A(55)−16:32淀屋橋[6]
16:38淀屋橋−大阪市営御堂筋線・江坂方面356(10)−16:48新大阪[8]
 ※コインロッカー
16:56新大阪−大阪市営御堂筋線・江坂方面362(14)−17:10千里中央[8]
17:18千里中央−大阪モノレール・大阪空港方面1610(13)−17:31大阪空港[29]
18:00伊丹空港−ANA036便−19:10羽田空港

これで後は当日を迎えるだけと思っていた。
しかしそれは前日になって急遽変更されることになる。

2006/08/29 21:59


  2.突然の計画変更と2ページの予定表

計画前日の8月23日木曜日の仕事帰りの電車の中で、
突然の計画変更を思い立った。
今回の計画では大まかに云って、
25日金曜日、神戸、姫路の新幹線駅取材、
26日土曜日、奈良の駅取材と近鉄けいはんな線駅取材、
27日日曜日、京福嵐電全電停取材と京阪車両取材となる。
しかし27日日曜日は当然帰りの飛行機の時間は変更できないため、
予定時間をオーバーしての取材は出来ない。
そのために全電停取材を断念してでも帰りの飛行機に乗らなければならない。
だが、嵐電は今回で3回目の取材となるし、
出来れば嵐電取材は今回で決着をつけたい。
そのため、京都方面の取材を2日目の26日土曜日にして、
27日日曜日に奈良方面の取材を回したらどうだろうか。
いよいよ明日は出発で、05:15幕張駅発という早朝の電車に乗るため、
1分でも早く寝なければならないという状況の中、
急遽予定変更に着手した。
“駅から時刻表”で時間を確認しながら再計画を立て、
計画が漸く完成したのは翌日の、つまり計画当日の0:18a.m.だった。
あと4時間17分後に発車する電車に乗らなければならない。
そのために4:30a.m.に目覚まし時計をセットする。
つまりその段階で睡眠時間3時間12分しかないわけだ。
睡眠時間を削ってでも予定変更に着手したのは、
それだけ今回の旅行での嵐電取材に重点を置いているということだ。

8月25日(金)

05:15幕張−総武緩行線・上り501B(40)−05:55秋葉原[6]
06:01秋葉原−京浜東北線・南行き567A(10)−06:11浜松町[19]
06:30浜松町※−東京モノレール・快速C0613(19)−06:49羽田空港[46]
07:35羽田空港−ANA141便(75/1:15)−08:50関西空港[24]
 ※クーポン券引き替え→3dayチケット
09:14関西空港※−南海本線・上り・空港急行2126(32)−09:46羽衣[20]
 ※JR阪和線東羽衣駅取材
10:06羽衣−南海本線・上り6168(2)−10:08浜寺公園[44]
 ※阪堺電気軌道浜寺駅前電停取材
10:52浜寺公園−南海本線・上り7002(32)−11:24難波[17]
11:41なんば−大阪市営御堂筋線198(8)−11:49梅田[21]
 ※コインロッカー使用
12:10梅田※−阪急神戸本線・下りK1203(27)−12:37三宮[46]
13:23三宮−神戸市営地下鉄山手線156(2)−13:25新神戸[16]
13:41新神戸−神戸市営地下鉄山手線177(2)−13:43三宮[15]
13:58三宮−神戸高速東西線K1307(4)−14:02高速神戸[9]
14:11高速神戸※−神戸高速東西線S1423(116/1:56)−16:07山陽姫路[53]
17:00山陽姫路−山陽電鉄本線H9170(91/1:31)−18:31梅田[15]
 ※コインロッカー
18:46梅田−大阪市営御堂筋線480(6)−18:52新大阪
 ※ヴィアイン新大阪チェックイン

8月26日(土)

 ※ヴィアイン新大阪アウト
07:51新大阪−大阪市営御堂筋線51(7)−07:58梅田[17]
08:15梅田※−阪急京都本線・上り(38)−08:53大宮[17]
09:10四条大宮※−京福嵐山本線・嵐山方面39(5)−09:15三条口[10]
09:25三条口−京福嵐山本線・嵐山方面41(4)−09:29蚕ノ社[10]
09:39蚕ノ社−京福嵐山本線・嵐山方面43(2)−09:41太秦[10]
09:51太秦−京福嵐山本線・嵐山方面45(2)−09:53帷子ノ辻[3]
09:56帷子ノ辻−京福嵐山北野線・北野白梅方面43(2)−09:58常盤[10]
10:08常盤−京福嵐山北野線・北野白梅方面45(1)−10:09鳴滝[10]
10:19鳴滝−京福嵐山北野線・北野白梅方面47(2)−10:21高雄口[10]
10:31高雄口−京福嵐山北野線・北野白梅方面49(1)−10:32御室[10]
10:42御室−京福嵐山北野線・北野白梅方面51(1)−10:43妙心寺[10]
10:53妙心寺−京福嵐山北野線・北野白梅方面53(1)−10:54竜安寺道[10]
11:04竜安寺道−京福嵐山北野線・北野白梅方面55(1)−11:05等持院[10]
11:15等持院−京福嵐山北野線・北野白梅方面57(2)−11:17北野白梅町[84/1:24]
12:41北野白梅町※−京福嵐山北野線・帷子ノ辻方面(11)−12:52帷子ノ辻[11]
13:03帷子ノ辻−京福嵐山本線・嵐山方面73(2)−13:05有栖川[10]
13:15有栖川−京福嵐山本線・嵐山方面75(2)−13:17車折[10]
13:27車折−京福嵐山本線・嵐山方面77(1)−13:28鹿王院[10]
13:38鹿王院−京福嵐山本線・嵐山方面79(1)−13:39嵯峨駅前[10]
13:49嵯峨駅前−京福嵐山本線・嵐山方面81(2)−13:51嵐山[35]
 ※車両取材
14:36嵐山−京福嵐山本線・四条大宮方面102(21)−14:57四条大宮[5]
15:02大宮−阪急京都本線・上り14030(4)−15:06河原町[10]
15:16河原町−京阪本線・上りQ1308Z(10)−15:26出町柳[11]
15:37出町柳−京阪本線特急・下りC1507A(33)−16:10枚方市[58]
17:08枚方市−京阪本線Q1601A(23)−17:31門真市[24]
17:55門真市※−大阪モノレール・大阪空港方面1710(23)−18:18千里中央[25]
18:43千里中央−北大阪急行・下り223(14)−18:57新大阪
 ※ヴィアイン新大阪イン

8月27日(日)

 ※ヴィアイン新大阪チェックアウト
 ※コインロッカー使用
07:51新大阪−大阪市営御堂筋線51(15)−08:06なんば[21]
08:27近鉄難波※−近鉄奈良線・準急855(50)−09:17近鉄奈良[57]
 ※近鉄奈良−徒歩15分−JR奈良
10:14奈良※−JR桜井線・下り1537S(15)−10:29天理[16] \200
10:45天理※−近鉄天理線・上り1094(26)−11:11大和西大寺[20]
11:31大和西大寺−近鉄奈良線4132(9)−11:40生駒[80/1:20]
13:00生駒−近鉄けいはんな線・下り4202(4)−13:04白庭台[15]
13:19白庭台−近鉄けいはんな線・下り4207(2)−13:21学研北生駒[15]
13:36学研北生駒−近鉄けいはんな線・下り4205(3)−13:39学研奈良登美ヶ丘[34]
14:13学研奈良登美ヶ丘※−近鉄けいはんな線・上り1471(37)−14:50本町[13]
15:03本町−大阪市営御堂筋線304(5)−15:08梅田[52]
 ※JR大阪駅取材
16:00大阪−東海道本線・新快速上り3270M(4)−16:04新大阪(24)
 ※コインロッカー
16:28新大阪−大阪市営御堂筋線・江坂方面344(13)−16:41千里中央[17]
16:58千里中央−大阪モノレール・大阪空港方面1606(13)−17:11大阪空港[49]
18:00伊丹空港−ANA036便−19:10羽田空港

何時も綿密に立てられた予定表を一太郎を使って印刷し持参するのだが、
今回は初めて1ページに収まらず、26日土曜日分は2ページになってしまった。
東京での空港アクセスは除外し、現地のみの乗り換え予定車両数は、
25日金曜日が11本、26日土曜日が27本、27日日曜日が14本となる。
幾ら軌道法の車両とはいえ、1日27本の乗り換えは過去に例がない。
今までで最も過酷な取材となるだろう。
この予定表を一太郎を使ってA4の用紙に見開きで印刷し、
それをA5の大きさに切って持参する。
既に前の計画で予定表は作成済みだったが、
今回新しく制作した予定表と差し替え、漸く旅行の準備が完了した。
いよいよ明日は、・・・正確に云うと今朝は関西私鉄取材の旅の出発である。

2006/08/29 23:33


  3.羽田弁当と阪堺電気軌道南端の駅−旅の始まり

予定通り、4:30a.m.の目覚まし時計で起床し、05:15の電車に乗る。
空は既に開け始めていたが、雲が多く日差しは見えなかった。
予定より1本早い05:56の京浜東北線で浜松町に行き、
浜松町では予定より3本早い東京モノレールで羽田空港第2ビルまで行く。
発券し、手荷物検査を終えて入場してから、
売店で「羽田弁当」\750と自販で伊右衛門買ってベンチで喰う。
イギリスのテロ未遂事件の影響で、手荷物検査に時間がかかると思っていたが、
思ったよりもスムーズに入場することが出来た。
国際線だとまた違うのかもしれないが・・・。
「羽田弁当」は羽田空港限定の弁当で、葛飾北斎の冨嶽三十六景「武州玉川」である。
タレの染み込んだ茶飯の上に穴子が乗り、脇にはアサリが着けられている。
おかずは野菜の煮物、鴨肉、玉子焼きなどである。
羽田は今では空港というイメージが強いが、その一方で昔から続く漁業の街でもある。
東京の地産地消弁当といえる。
予定より早めに空港に着いたのでゆっくりと空弁を堪能することが出来た。
07:35発のANA141便は、羽田空港が混雑のため離陸が少し遅れた。
滑走路の順番待ちで、飛び立とうと思って滑走路に向かったが前に4機居て、
離陸待ちで10分の遅れになってしまう。
羽田空港では朝の離陸と夜の着陸では良く渋滞のための遅れがある。
早くもう一つの滑走路が出来て欲しいものである。
予定ではANA141便は08:50には関西空港に着くことになっていたが、
到着は9:00a.m.を過ぎていた。
事前に購入してあったクーポン券を3dayチケットに交換し、
南海電鉄の改札を潜って09:14の空港急行2126に乗ろうと思ったが、
あと一歩のところで乗り遅れてしまう。
とほほ・・・。
予定より1本13分遅い09:27発の空港急行に乗ることになる。
そのため今回は羽衣下車で駅取材とJR阪和線東羽衣駅取材を中止し、
泉大津で普通6168に乗り換える。
これは当初予定していた列車である。
これに乗って浜寺公園まで行って下車し、
駅取材と阪堺電気軌道浜寺駅前電停取材する。
浜寺公園駅は私鉄最古の駅として、また明治に建てられた洋風木造建築物として、
非常に評価の高い駅舎で、今回は是非この駅取材がしたかった。
堺西ロータリークラブ創立5周年記念に1988年2月23日に建てられた石碑には、
以下のように書かれている。

浜寺公園駅は、明治40年(1907年)我が国近代建築の元勲といわれた、
東京帝国大学 工科大学学長 辰野金吾・片岡安博士設計により建てられた
洋風木造建築物である。
屋根の正面に見えるトーマ窓(屋根窓)や、
柱の骨組みを壁に埋めず装飾模様として活かすハーフチンバー様式(木骨真壁造り)、
また、鹿鳴館の二階ベランダ部分に用いられた柱と似た玄関柱が特徴である。
私鉄最古の歴史ある明治の駅として、地元をはじめ多くの人々から親しまれ、
日本建築学会など学術的にも高く評価されている。

開業は1897年10月1日だが、その10年後に今の駅舎が建てられ、
戦争でも消失せずに国の登録有形文化財に登録されている。
駅写真を撮り続けている林檎乃麗にとっては触手の動くモチーフである。
南海電鉄浜寺公園駅から約100mの距離に阪堺電気軌道浜寺駅前電停がある。
阪堺電軌の南側の終点駅であり、道を挟んだ反対側には浜寺公園がある。
阪堺電気軌道はその名の通り、大阪市と堺市を結ぶ路面電車であり、
それまで南海電鉄が所有していた軌道の平野線を廃止し、
阪堺線、上町線を引き継いで1980年(昭和55年)12月1日発足した、
南海電鉄の100%子会社である。
阪堺線は恵美須町から浜寺駅前までの14.1km、30電停で、
恵美須町では大阪市営地下鉄堺筋線、
隣の南霞町ではJR大阪環状線、南海電鉄の新今宮駅、
住吉鳥居前で南海電鉄住吉大社前駅、
浜寺駅前で南海電鉄浜寺公園駅に接続している。
上町線は天王寺駅前から住吉公園までの4.6km、11電停で、
天王寺駅前でJR西日本大阪環状線の天王寺駅、
住吉公園駅で南海電鉄住吉大社駅に接続している。
この二つの路線は住吉駅で交差している。
阪堺線はもともと阪堺電気軌道が1911年12月1日に部分開業させたのが始まりで、
1912年には恵美須町から浜寺駅前までの全区間が開通している。
1915年6月21日には南海鉄道に合併された。
南海鉄道は現在の南海電鉄の元となった会社で、
戦時中に関西急行鉄道と合併して近畿日本鉄道となったが、
戦後、再分離されて南海電鉄となり、
1980年12月1日に阪堺電気軌道として分社化された。
上町線は大阪馬車鉄道が1900年9月20日に部分開業させたのが始まりで、
1902年には天王寺西門から下住吉(現・住吉)までの区間が完成している。
1907年3月には大阪電気鉄道と改称、10月には浪速電気軌道と相次いで改称した。
1909年12月24日には南海鉄道に合併され、上町線となる。
その後1980年に阪堺線とともに阪堺電気軌道の路線となる。
阪堺電軌には1928年に製造された161形なども現役で走っているが、
今回は最新型の701形モ708号車だった。
南海電気軌道浜寺駅の駅取材と車両取材をして、
予定より30分早い10:22の普通電車で難波を目指す。
難波に到着したのは10:54だった。

2006/08/31 21:58

※写真:羽田空港出発前のANA141便 撮影時刻 2006/08/25 07:18:35


  4.関西私鉄事情と神戸、姫路への旅

関西には大手民鉄として阪急、阪神、京阪、近鉄、南海の五社があり、
その路線網は大阪、京都、神戸の地下鉄などを含めて複雑多岐にわたり、
国鉄・JRと激しい集客合戦を繰り広げている。
関東にも私鉄があるが、その全てが山手線の外側に敷設され、
山手線の内側は国鉄・JRと都営、営団(現・東京メトロ)のみが走る。
首都として統制されていて、民間鉄道への規制も厳しかったのだろう。
相模鉄道が唯一山手線と接続していないが、
他の私鉄は全て山手線と接続しており、
その中に入るには地下鉄路線との接続しかない。
それに対して関西は民鉄路線が広く敷設され、JRよりも便利である。
大手五社はそれぞれ合併を繰り返しながら成長し、
合併合戦は現在も続いている。
各社の設立と現状は以下の通りである。

 阪急電鉄

宝塚、神戸、京都に本線を持つ阪急東宝グループの鉄道会社で、
阪急ホールディングスの子会社となっている。
また阪急ホールディングスは今年10月1日、阪急阪神ホールディングスになる予定である。
阪急電鉄は1906年10月19日に箕面有馬電気軌道として設立され、
宝塚本線を敷設し、神戸本線を敷設して阪神急行電鉄に社名変更した。
戦時中に京阪電気鉄道と合併し、京阪神急行電鉄となるが、
戦後京阪電鉄は独立した。
その時、新京阪鉄道が敷設した路線を譲り受け、京都本線とした。

 阪神電気鉄道

その名の通り、大阪と神戸を結ぶ路線を所有する阪急ホールディングスの子会社である。
1899年6月12日摂津電気鉄道として設立し、7月に阪神電気鉄道に社名変更。
1905年4月12日には三宮−出入橋(大阪)間が開業した。
1968年4月7日に神戸高速鉄道が開業し、山陽電気鉄道と相互直通運転開始する。
2006年10月1日に株式交換で阪急ホールディングスの完全子会社となる。

 京阪電気鉄道

その名の通り、大阪から京都、滋賀へ路線を持つ鉄道会社で、鉄道路線と軌道路線を所有する。
設立は1906年11月19日で、1915年には本線の大部分が完成する。
1922年に新京阪鉄道を設立したが、敷設路線は戦後阪急京都線となる。
1942年に陸上交通事業調整法により阪神急行電鉄と合併し、京阪神電鉄となる。
戦後、京阪本線などを分離して京阪電気鉄道として独立する。

 近畿日本鉄道

近畿圏から東海圏への私鉄最長の約570kmの路線を保有している。
その母体は1910年9月16日に奈良軌道として設立され、
同年10月15日に社名変更した大阪電気軌道がその始まりで、
1914年には現在の近鉄奈良線の一部に当たる上本町−奈良間を開業させる。
その後吸収合併を繰り返し、
戦時中の陸上交通事業調整法で大阪電気軌道、参宮急行電鉄、関西急行電鉄などが統合し、
1941年3月15日に関西急行電鉄に再編される。
1944年6月1日に関西急行電鉄と南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道が誕生する。
戦後直ぐに南海鉄道の路線を分離し、
奈良電気鉄道を合併、信貴生駒電鉄を合併、三重電気鉄道を合併して現在の形になる。
その設立の経緯から標準軌、狭軌、特殊狭軌の3軌間の路線を所有する。

 南海電気鉄道

大阪から和歌山、高野山への路線を所有しする鉄道会社で、
南海道(紀伊、淡路島、四国)へ路線延長を目指して「南海」を社名にした。
1884年(明治17年)6月16日に大阪堺間鉄道が設立され、同年阪堺鉄道に社名変更。
1885年12月29日には現在の南海本線の一部を開業させた。
戦時中に関西急行鉄道と南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道が誕生する。
戦後、高野山電気鉄道を母体として独立し、南海電気鉄道となった。

難波に到着して大阪市営御堂筋線で梅田まで出て、
阪神梅田駅のコインロッカーに旅行用バッグを預ける。
予定では阪急で三宮を目指すことになっていたが、
阪神でも三宮に行けるのでちょうど停まっていた11:20発の特急に乗る。
11:49には三宮に到着し、12:00ちょうどの地下鉄で新神戸に行く。
新神戸は神戸市営山手線で三宮から一駅で、新幹線の駅がある。
今回の神戸方面の旅は新幹線駅の駅取材も課題なので、
敢えてここで新神戸まで寄り道をしたのだ。
山陽新幹線新神戸駅構内の「神戸菜館まや」でかつ丼うどん\880喰う。
かつ丼にうどんが付くが、当然うどんは関西風の色の薄いダシ中心のつゆである。
同じ地下鉄で三宮に戻り、ポートライナーの車両取材をしてから、
阪神の地下駅に行って山陽姫路を目指す。
予定では高速神戸まで行ってから始発の列車で山陽姫路を目指すつもりだった。
しかし阪神三宮駅で乗った普通姫路行きはクロスシートで乗り心地が良かったので、
高速神戸で下りずにそのまま山陽姫路を目指す。
山陽須磨で通過列車追い越しの間に車両取材する。
明石で通過列車待ちの時に下車して駅取材する。
ここで特急に乗り換えて山陽姫路を目指す・・・つもりだった。

2006/09/02 21:15

※写真:山陽新幹線新神戸駅構内の「神戸菜館まや」 撮影時刻 2006/08/25 12:36:50


  5.曽根から曽根へ−灼熱の徒歩移動と古潭ラーメン

明石で乗った特急は阪神電鉄8000系のロングシート車だった。
本当はこれでそのまま山陽姫路を目指すつもりだったが、
車内で3daysチケットのご利用エリアマップを見ていて、
急に山陽曽根駅を取材しようと思った。
しかし特急は山陽曽根には停車しない。
そこで一つ先の大塩駅まで行って上り線で一つ戻ることにする。
大塩駅で駅取材をして普通列車で山陽曽根まで戻る。
ここでの下り列車の待ち時間は15分。
下り列車をそのまま待っても良いが、駅前の周辺図にJR曽根駅が乗っており、
その地図通りにJR曽根駅を目指すことにする。
その時はたいした距離ではないと思っていたが、実際は“たいした”距離だった。
同じ“曽根”駅だが、その距離は直線で2km以上あり、
途中迷ったりしたので、徒歩距離は2700m以上、約1時間かかってしまった。
しかもこの時は残暑厳しく直射日光が照りつけていて、
日射病で死ぬかと思った。
15:45にようやくJR曽根駅に到着する。
JR曽根駅は骨組みは鉄筋で出来ているものの、あとは木造で味がある。
ここで駅取材する間に下り列車が入線してきた。
勿論、ここから再び山陽曽根駅まで戻る気力はなく、
JR山陽本線で姫路駅まで行くことにする。
現金で\190の切符を買って跨線橋を渡っているうちに電車は入線してきた。
姫路までは二駅で、車内で涼む暇もなくJR姫路駅に到着する。
改札を出る前に姫新線の車両取材する。
神戸支社姫路鉄道部所属のオリジナル塗色のキハ40、キハ47を取材し、
下車してJR姫路駅と山陽姫路駅を取材する。
予定では17:00の直通特急で阪神梅田駅に戻る予定だったが、
1本早い16:42の直特で阪神梅田まで戻ることにした。
5000系のクロスシート車で、乗り心地は良かった。
停車駅は飾磨、大塩、高砂、東二見、山陽明石、山陽垂水、山陽須磨、板宿、高速長田、
新開地、高速神戸、元町、三宮、御影、魚崎、芦屋、西宮、甲子園、尼崎の19駅で、
乗車時間は1時間32分。
この区間は81駅あり、直特の1時間32分は画期的である。
特別料金の必要ない私鉄特急としては91.8kmと最長距離を誇る。
曽根町の徒歩で披露していたので、車内で爆睡しているうちに梅田駅に到着した。
コインロッカーから旅行用バッグを取り出し、
大阪市営御堂筋線で新大阪まで行き、予約していたヴィアイン新大阪にチェックインする。
部屋に荷物を置いて少しのんびりしてから再び出掛ける。
大阪御堂筋線で梅田まで出て、
「古潭老麺・ホワイティ梅田店」でクン玉ラーメン味噌\680+小菜セットB\290喰う。
少しとろみのあるスープはコラーゲンがたっぷりとのことで、
太麺と合って美味である。
小菜セットは餃子4個とAは海老天、Bは鶏の唐揚げ薬味ソースかけが付く。
このあと西梅田まで行き、大阪市営四つ橋線の車両取材して、
本町まで行って御堂筋線に乗り換えて新大阪まで戻る。
ホテルに戻ってビールを飲み、シャワーを浴びてから寝る。

2006/09/02 22:57

※写真:「古潭老麺・ホワイティ梅田店」 撮影時刻 2006/08/25 20:12:42


  6.阪急京都本線設立の経緯と嵐電取材 三条口−帷子ノ辻

翌日は6:20a.m.に起床し、シャワーを浴びてから1階に降り、
ホテル内の「はるか」でバイキング形式の無料朝食を取る。
パン、サラダ、ヨーグルト、コーヒー、オレンジジュース、ツナの海苔巻き。
7:40a.m.にホテルを出て予定通り07:51の大阪市営御堂筋線に乗る。
本来ならそのまま梅田まで行き、ここから阪急京都本線で大宮まで行くつもりだった。
今日は京福嵐電の全駅取材を予定していた。
しかし御堂筋線に乗ってとなり駅に着く直前に思いつくのだが、
西中島南方は京急京都本線南方駅との接続駅である。
わざわざ梅田まで行く必要はないと考え、
また駅取材も出来るので一石二鳥であるのである。
京急京都線はもともと京阪がライバル路線の敷設を防ぐために、
わざわざ京阪本線と平行して敷設した路線である。
大阪−京都を結ぶ路線は東海道本線と京阪本線があり、
更に新京阪電鉄が敷設されてしまえば、
もうこれ以上新規路線を敷設したところで利用客の獲得は困難である。
そのためにもうこの区間に路線が増えることはない。
そう睨んで京阪が1922年に完全子会社の新京阪電鉄を設立させ、
敷設したのだが現在の京急京都本線なのである。
1942年に陸上交通事業調整法により阪神急行電鉄は京阪電鉄と合併し京阪神電鉄となった。
戦後京阪が再び独立するが、
同じ地域に2つの路線は必要ないとして、
新京阪電鉄の敷設した路線は阪急にそのまま残り、阪急京都本線となったのだ。
そのため自前に敷設した宝塚本線、神戸本線とは車両設備などが異なり、
外見上同じに見える電車でも直通することは出来ない。
南方駅に行って気が付いたのだが、ここは普通列車しか停まらない駅だったのだ。
淡路まで行って快速に乗り換えるつもりで普通電車に乗ったのだが、
結局この電車で大宮まで行ってしまう。
桂で通過列車待ちの時に車両取材する。
大宮は地下駅で、ここで地上に出て京福電車の四条大宮駅に行く。
京福電鉄はその名の通り、京都と福井に路線を持つ鉄道会社だったが、
福井の路線が半年間に二度も正面衝突事故を起こし、
国土交通省から運転中止命令を受け、
一部を廃止した後に第三セクターのえちぜん鉄道に譲渡し、
京都の嵐山本線と北野線のみが残ったのである。
この二つの路線は「嵐電(らんでん)」と呼ばれている。
嵐電については今までに2度取材しており、
今回は1日かけて未取材電停を全て取材する予定である。
予定では09:10発の嵐電で三条口に向かうつもりだったが、
各駅停車で移動したために予定より1本遅い09:20の電車に乗ることになった。
嵐電のダイヤは10分間隔である。
つまり一つの電停に10分かけて取材できるのである。
三条口、山ノ内、蚕ノ社、太秦と取材して帷子ノ辻に至る。
しかし予定を組む時に山ノ内を予定に入れ忘れてしまったので、
帷子ノ辻に到着した時は既に予定から20分になってしまった。

2006/09/19 21:23

※写真:三条口−山ノ内間を走る嵐電モボ621形


  7.「ラーメン道」ガチンコラーメンと嵐電取材 帷子ノ辻−北野白梅町

帷子ノ辻で直ぐに乗り換え、北野線の取材に行く。
北野線に入線してきたのはモボ21形26号車だった。
モボ21形は平安遷都1400年を記念して1994年に登場したレトロ調車両である。
1910年(明治43年)に嵐山電気軌道によって、
現在の嵐山本線が開業した当時の車両を模しているといわれている。
モボ21形は2両存在し、車体のラインの色が異なる。
26号車は金、27号車は銀になっている。
常盤、鳴滝、高雄口と取材し、
次の御室は駅にある地図で見るとそれほど遠くなかったので思い切って歩いてみる。
御室電停に向かう途中に上り列車を見送るが、
下り列車が来る前に御室駅に着いてしまった。
御室は無人ながら独立した駅舎のある風情のある駅で、
その駅名にもなっている御室仁和寺が近くにあり、
京都らしい駅といった感じがする。
御室から妙心寺まで行き、一度終点の北野白梅町まで行く。
等持院まで出てまた竜安寺道まで歩く。
北野線全駅取材後に再び終点の北野白梅町へ行き、
事前にネットで調べておいた「ラーメン道」に行く。
ここはテレビ番組「ガチンコ」の「ラーメン道」で優勝した店主が開業した店である。
正直云ってこの番組はほとんど見たことはないが、
嵐電沿線で食事の出来るところを検索していて偶然見つけ、
ここに行くことにした。
事前に調べていたところに行くというのは自分としては珍しい方だが、
そろそろ身体がラーメンを欲している時期でもあった。
ガチンコラーメン\600+味付玉子\100喰う。
豚骨醤油味だが、地鶏やホタテ貝などを使っているということで、
思ったよりもあっさりしている。
熱くて汗だくになってたどり着いた店だが、
店内は冷房が効いておいしく食べることが出来た。
店内は黒で統一されて清潔であり、ラードで脂ぎった感じは全くなかった。
ここを出て北野白梅町から帷子ノ辻まで戻り、ここで一端下車する。
踏切近くに留置されている事業用車両モト1001形の車両取材するためである。
この車両を取材してから嵐山本線取材後半に突入していく。

2006/09/20 23:09

※写真:北野白梅町の「ラーメン道」 撮影時刻 2006/08/26 12:03:27


  8.渡月橋、阪急嵐山線の午後と嵐電取材 帷子ノ辻−嵐山

帷子ノ辻で取材を終えてから嵐山方面に向けて各駅の取材をしていく。
有栖川、車折、鹿王院、嵯峨駅前と取材し、終点の嵐山に行く。
四条大宮で取材を開始した時は20分遅れだったが、
北野白梅町での取材時間を1時間24分と多めにとっておいたため、
有栖川電停の取材開始には30分の余裕が出来ていた。
嵐山で少し車両取材してから阪急嵐山駅に向けて歩き出す。
予定では嵐山で35分間の車両取材したあと、
四条大宮に戻って阪急京都線を経由して京阪に出るつもりだったが、
予定よりも30分も余裕があるのと、
天気も良いので少し距離はあるが阪急嵐山駅まで歩くことにした。
阪急で淡路まで行き、阪急千里線からそのまま堺筋線に入り、
北浜から京阪に行くことにした。
急遽嵐山を歩くことにしたので地図は用意していなかったが、
以前このルートを歩くことを検討したこともあったので、
何となくどちらに行けばいいかは分かっていた。
嵐山の駅を出て桂川方面に歩いていく。
途中には美空ひばり館もあった。
桂川にかかる渡月橋は絵はがき的な風景で、京都嵐山を代表する景色だ。
渡月橋を渡ると急に店も少なくなり、
本当に駅があるのか不安になり、バスの誘導をしている人に確認しながら何とかたどり着いた。
阪急嵐山駅を取材し、そのまま阪急嵐山線で桂まで行く。
阪急嵐山線は嵐山と桂の間を往復する形で、そのまま梅田などに直通する編成はない。
桂から一端河原町まで行き、隣に停車していた特急に乗り換える。
この特急は転換クロスシートで、京阪の特急よりは見劣りがするものの、
それでも乗り心地はよく、乗ってから程なくして爆睡してしまった。
河原町を出た特急は烏丸に停車したあと、桂、長岡天神、高槻市、茨木市と停車すると、
そのあとは十三まで6駅無停車で直進する。
淡路には停車しないことを乗ってから知った。
仕方がないので十三から引き返して淡路まで行き、ここで車両取材と駅取材する。
行きに淡路で大阪市営地下鉄66系を見かけたので、
この車両を取材したいと思っていたのだ。
撮影後に慌ててその車両に乗り込み、天神橋筋六丁目から堺筋線に入り、
北浜から京阪に乗り換える。
一端淀屋橋まで行き、始発の特急で枚方市駅に向かう。

2006/09/21 22:53

※写真:嵐電嵐山駅の午後 撮影時刻 2006/08/26 13:36:31


  9.京阪取材と「豪華」の豪華なサービスセット

京阪本線は始点の淀屋橋から天満橋過ぎまで地下区間である。
地上に出るとまだ日はあるものの、かなり光量は落ちていた。
ISOを上げて何とか取材を続行する。
それまではISO100で撮影していたのだが、
枚方市に着いてからはISO400に設定した。
枚方市は「ひらかたし」と読み、京阪本線の中でも大きな駅の一つである。
南口、北口と取材し、ホームに上がって車両取材する。
2600系、8000系、10000系と取材し、
急行で香里園に行き、ここで7000系普通列車に乗り換えて門真市へ。
ここは大阪モノレールとの乗換駅でありながら、
普通列車しか止まらない。
門真市の駅取材をしてから大阪モノレールに乗り換え千里中央まで行く。
大阪モノレールは大阪高速鉄道が運営する跨座式モノレールで、
大阪高速鉄道は大阪府などが趣旨する第三セクターである。
路線は23.8kmとモノレールとして世界最長でギネスブックに載っている。
途中万博公園では岡本太郎氏製作の太陽の塔などが見えた。
千里中央で下車してモノレールの駅取材する。
ここでは更に光量が少なくなっていて、
ISOを640に設定した。
自然光量で撮れる限界に来ていた。
本当はここから北大阪急行経由で大阪市営地下鉄御堂筋線に入って、
梅田かなんばまで行って夕食を喰うつもりだったが、
千里中央で駅取材をしていて、千里セルシーの中に「千里中華街」の文字を見つける。
少し早いがここで夕食を喰おうといってみる。
ここはセルシーの5階を使って中華街を再現したもので、
中に幾つかの中華料理店が入っている。
その中で「豪華」という薬膳料理店に入る。
「豪華」は「ふーばー」と読み、限定20セットで、
サービスセット\1,500が\1,000となっていた。
海老チリに点心三種、玉子スープ、イチゴムースの基本セットに、
回鍋肉、酢豚、麻婆豆腐の中から1品を選ぶことが出来る。
これだけ豪華で\1,000は確かに安い。
それに味も悪くない。
回鍋肉を選んでこのセットを喰った。
大阪にまた行く機会があったらまた行ってみようと思う。
このあと北大阪急行経由で大阪市営地下鉄御堂筋線でなんばまで行き、
ビックカメラで1MBのCFカードを購入する。
今日の撮影でCFカードの残量が厳しくなったからだ。
CFカードは2000枚の撮影が可能なだけは用意していたが、
今回の旅はほとんど一日中シャッターを切っていたため、
それでも足りなくなってしまったのだ。
御堂筋線で新大阪に戻り、売店でおみやげ売り上げの第2位という「おたべ」を購入し、
ホテルに戻ってシャワーを浴びてから「おたべ」をつまみにビール飲む。
「おたべ」は黒ごまの入った黒い生八つ橋である。
確かに美味しいのだが・・・ビールのつまみにはならないな(^_^;)

2006/09/22 21:22

※写真:「おたべ」とビールの組み合わせ 撮影時刻 2006/08/26 20:47:07


  10.JR奈良旧駅舎と天理の収監された蒸気機関車

二日目は6:15a.m.に起床し、シャワーを浴びて無料朝食喰う。
パン、サラダ、ヨーグルト、コーヒー、オレンジジュースなど。
部屋に戻って歯を磨いてから7:40a.m.頃にチェックアウトする。
旅行用バッグをコインロッカーに預け、07:51の御堂筋線に乗って難波に行く。
今日は近鉄を中心に取材する。
予定では近鉄難波で08:27の近鉄奈良線準急で近鉄奈良に行くつもりだったが、
1本早い08:12の快速急行に間に合ったのでそれに乗ることにした。
近鉄奈良は地下駅だった。
地上にはビルがあってそこに駅名表示がされているので、それを取材する。
今回は「スルッとKANSAI3dayチケット」を使っての私鉄取材だが、
奈良から天理までは敢えてJRに乗ることにする。
それはJR奈良駅旧駅舎を取材したいからである。
JR奈良駅は現在建て替え中で借駅だが、
それまでの奈良駅は寺院を思わせるような重厚な作りで、
予定では取り壊すことになっていたが、
存を望む市民の声を受けて現在は駅前広場の脇に保存中である。
今後どのような形で保存されることになるか分からないが、
こういう味のある建物はなるべく保存して貰いたい。
確かに駅というものは利便性が重要だが、それだけに押し流されてはいけない。
近鉄奈良駅とJR奈良駅は徒歩15分くらいの距離が離れている。
真夏の15分の徒歩はちょっときつかった。
それでも事前に地図をプリントアウトしておいたので迷わずに行くことが出来た。
実際に見た旧奈良駅はやはり重厚で雰囲気があった。
しかし今はフェンスに囲まれて中にはいることは出来ず、
まるで動物園の檻の中の巨像のように見えた。
踏切を渡って西口も取材し、切符を買って入場する。
予定よりも2本早い09:38の桜井線で天理を目指す。
桜井線には105系2両編成が充当されていた。
天理まで行ってここで再び近鉄に乗り換えることになる。
予定より速い電車で行ったため、天理駅でのJRと近鉄接続が悪く時間が余ってしまった。
駅取材して近鉄のホームに入場したが、
ホームからSLが見えたので、再び改札を出てSLの写真を撮りに行った。
SLはD51型691号機で、旧型客車も連結されていたが、
人が近づけないように鉄格子が填められていて、写真が撮りづらかった。
まるで収監された猛獣のようだった。
再び近鉄の改札をくぐって10:22発の近鉄天理線で平端を目指す。
天理駅はJRの高架下に近鉄が潜り込むように敷設されていて、
どちらの駅にも「天理教 教祖百二十年祭 ようこそおかえり」と書かれていた。
また近鉄の方は下に英語やハングルなど5ヶ国語で書かれていた。
一つの宗教団体にJRも大手私鉄も垂れ幕を出したりするということは、
ほかの駅では考えられない。
天理はやはり天理教とは切っても切れない関係にあるのだろう。
平端行きの普通電車は1000系だった。

2007/05/07 23:24

※写真:檻に入った蒸気機関車D51型631号機 撮影時刻 2006/08/27 10:17:09


  11.大和西大寺−近鉄の交差点駅

天理から乗った平端行きは約6分で終点の平端に到着した。
ここで橿原線に乗り換えて大和西大寺まで行く。
乗り換え時間が短かったために駅取材は出来なかった。
10:34の普通で大和西大寺まで行く。
予定では20分の乗り換え時間で近鉄奈良線に乗り生駒を目指すことになっていたが、
かなり早めに予定をこなしているため、
ここでは40分かけて車両取材することにした。
近鉄は近畿圏から東海圏へかけて約570kmの路線を保有していて、
JRグループを除く私鉄では最長を誇る。
また設立の経緯から標準軌、狭軌、特殊狭軌の3軌間の路線を所有する。
近鉄に本線という概念はないが、
一般的な私鉄の本線に値するのは、近鉄難波から近鉄奈良を結ぶ近鉄奈良線であろう。
近鉄奈良線は近鉄難波から生駒、大和西大寺を通り、近鉄奈良まで行く。
更に大和西大寺は近鉄京都線、近鉄橿原線の終着点でもある。
正しくこの駅は近鉄の交差点と云ってもよい。
そのため所有車両も多く、バラエティに富んだ車両の近鉄の、
また多くの車両を観察できるポイントでもある。
そのためここで少し時間をかけて車両取材することにした。
9020系通勤形車両(シリーズ21/2000年登場)
3200系通勤形車両(京都地下鉄烏山線乗り入れ対応車/1986年登場)
12200系特急形車両(スナックカー/1970年登場)
8810系通勤形車両(1981年登場)
京都市営地下鉄10系第3次車両(烏丸線直通/1981年登場)
3000系通勤形車両(ステンレス車/1979年登場)
12400系特急形車両(サニーカー/1977年登場)
30000系特急形車両(ビスタEX/1978年登場)
22000系特急形車両(ACE/1992年登場)
3220系通勤形車両(シリーズ21、京都地下鉄烏山線乗り入れ対応車/2000年登場)
車両取材の合間には駅取材もする。
最後に取材した3220系に乗り込み、生駒へと向かった。

2007/05/10 02:15

※写真:近鉄大和西大寺駅に停車中の3220系 撮影時刻 2006/08/27 11:42:03


  12.生駒ケーブルのネコ車両とけいはんな線

生駒駅に到着してまず駅取材する。
本当はここで昼食を喰おうと思ったが、気に入った店がなかった。
近鉄生駒駅は同じ近鉄が経営する生駒鋼索線鳥居前駅とも歩道橋を通じていて、
そのまま乗り換えることが出来る。
この駅も取材し、「スルッとKANSAI 3dayパス」を使って入場し、車両取材する。
鋼索線とはケーブルカーのことで、
ケーブルで繋がれた車両を巻上機で巻き上げて運転する鉄道のことで、
鋼索とはケーブルのことである。
山頂まで距離が長いため、宝山寺で路線が分かれていて、
麓の鳥居前から宝山寺間は宝山寺線、宝山寺から生駒山上間は山上線という。
鳥居駅で宝山寺線「ミケ」と「ゆめいこま4号」を取材する。
「ミケ」はコ11形で、「ゆめいこま」は1953年製のコ3形である。
コ11形には「ブル」という犬形車両があり、入れ違い時に鳴き声をならし合うという。
今回は行かなかったが、山上線にはコ15形が、
オルガン形の「ドレミ」、ケーキ形の「スイート」が走っている。
この付近は住宅地としても開発が進んでいて、
通勤通学にもこの生駒ケーブルは利用されているという。
サラリーマンがこの猫車両に乗って通勤していると思うと少し可笑しい。
このあとけいはんな線で生駒から研奈良登美ヶ丘まで全駅取材する。
けいはんな線はもともと1977年9月16日に設立された東大阪生駒電鉄が、
生駒−長田間を建設して、
その後近鉄が東大阪生駒電鉄を吸収合併して東大阪線とした部分と、
1988年7月28日に設立した奈良生駒高速鉄道が建設した、
生駒−学研奈良登美ヶ丘間の京阪奈新線からなる。
2006年3月27日に生駒−学研奈良登美ヶ丘間が開業し、
東大阪線と合わせてけいはんな線となった。
この路線の建設は混雑する近鉄奈良線のバイパス線として計画され、
大阪市が建設を予定していた大阪市営中央線の延伸線と長田で接続して、
相互直通することになった。
大阪市営地下鉄中央線が第三軌条方式で建設されているために、
東大阪線や京阪奈新線も第三軌条方式で建設された。
けいはんな線の新規開業路線の全駅を取材するが、
正直云って駅の立派さに比べて利用客が少なく、
新しい駅がかえってわびしさを醸しだしている感じがした。
大阪市営地下鉄中央線と相互直通運転しているため、
けいはんな線には地下鉄で採用されている駅番号が連番で付されている。
生駒駅はC27、白庭台駅はC28、学研北生駒駅はC29、
そして学研奈良登美ヶ丘駅はC30となっている。
けいはんな線は第三軌条方式のためにホームセンサーが設置されている。
第三軌条方式は2本のレール(軌条)のほかにもう1本集電用のレールを敷き、
そこから集電するシステムで、地下鉄で良く採用されている。
この集電方式の長所はパンタグラフを天井に設置する必要がないため、
その分トンネルの掘削範囲が狭くても済む。
しかし短所は地面に高圧電流が流れているために人が立ち入れる場所には設置できず、
勿論踏切などは全く不可能である。
地上走行は高架のみで、しかもホームで人が線路内に入らないように、
けいはんな線ではホームセンサーが設置され、転落防止が測られている。
学研奈良登美ヶ丘駅まで取材して13:28始発のけいはんな線で本町まで行く。

2007/05/12 21:47

※写真:生駒鋼索線鳥居前駅に停車中の宝山寺線コ11形「ミケ」 撮影時刻 2006/08/27 11:49:26


  13.福知山線事故以降のアーバンネットワーク−旅の終わり

学研奈良登美ヶ丘から本町までの移動の間、爆睡した。
本町で地下鉄御堂筋線に乗り換えて梅田まで行く。
ここでJR大阪駅まで行き、新大阪までの切符を買って入場する。
まずは大阪駅1番線2番線のホーム上にある「シオヤ」に行き、
昼食として天ぷらうどん\300喰う。
やはり大阪駅にある立ち食い蕎麦の店らしく、関西風のつゆだった。
大阪環状線で車両取材し、489系「雷鳥」の取材する。
「雷鳥」は休日には489系での運用があるようである。
このあと新大阪まで移動し、東海道線(神戸線)で車両取材する。
2005年12月より登場した321系を中心に、
223系2000番台、221系などを取材する。
321系は207系の後続として誕生した通勤形車両で、
JR東日本でいえば231系に相当する車両である。
しかし通勤形ロングシートだけで近郊形バージョンは存在しない。
もともとは207系と同じ塗色になる予定だったが、
321系登場直前に起きた福知山線脱線事故を受けて、
オリジナルの塗色に変更された。
また既存の207系も321系落成を受けて塗色変更された。
これは事故以後の犠牲者の遺族や福知山線利用客を考慮して実施されたとされている。
逆に云えば事故のイメージをなるべく払拭したいという、
JR西日本の思惑もあるのかもしれない。
321系誕生でJR西日本の通勤形車両の運用にも変化が出てきたようで、
今までバーミリオンの103系が使用されていた大阪環状線だが、
201系が充当され始め、
103系と合わせてバーミリオンも車両もあるが、
神戸線の塗色のままのスカイブルーの201系も走っていた。
新型車両や新塗色を投入しながらも、何処かに福知山仙治この陰を背負っていると感じた。
3:50p.m.でに撤収し、JR新大阪の改札を出てコインロッカーに預けた鞄を取り出し、
おみやげなどを見てから御堂筋線で千里中央まで行く。
ちょうど乗ろうとした車両が北大阪急行8000系「ポーラスター」だったため、
1本見送って車両取材した。
千里中央から大阪モノレールで大阪空港まで移動し、少し早めに手荷物検査を受ける。
フライトまで時間があったので展望台で離陸する飛行機の写真など撮る。
昼食に天ぷらうどんしか喰っていなかったため、
売店で「大阪空港弁当」のぼっかけそばめし\700とお茶など買い、
フライトを待つ時間に喰う。
18:00伊丹空港発のANA036便で羽田まで戻り、
リムジンバスで津田沼まで出て、JRで帰る。
今回の旅で3日間で撮った写真は2700枚、
途中でCFカードを買い増したにもかかわらず、
残ったカードの撮影可能枚数は36枚しかなかった。

 −撮影データ−

2006.08.25._1 撮影 542枚 保存 32枚
2006.08.25._2 撮影 180枚 保存 9枚
2006.08.26._1 撮影 250枚 保存 32枚
2006.08.26._2 撮影 245枚 保存 25枚
2006.08.26._3 撮影 288枚 保存 16枚
2006.08.26._4 撮影 66枚 保存 5枚
2006.08.26._5 撮影 52枚 保存 5枚
2006.08.27._1 撮影 569枚 保存 37枚
2006.08.27._2 撮影 301枚 保存 24枚
2006.08.27._3 撮影 96枚 保存 6枚
2006.08.27._4 撮影 88枚 保存 4枚
2006.08.27._5 撮影 23枚 保存 3枚

 合計    撮影 2700枚 保存 198枚 採用率 7.3%

※写真:伊丹空港で出発準備中のANA036便 撮影時刻 2006/08/27 17:07:23





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